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高江村

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廃止理由 編入合併
永利村、高江村 → 川内市
現在の自治体 薩摩川内市
国 日本の旗 日本
たかえむら
高江村
廃止日 1956年9月30日
廃止理由 編入合併
永利村、高江村 → 川内市
現在の自治体 薩摩川内市
廃止時点のデータ
国 日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 鹿児島県
郡 薩摩郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
面積 43.17 km2.
総人口 5,949人
(川内市史[1]、1956年)
隣接自治体 川内市、串木野市
高江村役場
所在地 鹿児島県薩摩郡高江村大字高江字永田1735番地1[2]
座標 北緯31度46分50秒 東経130度10分55秒 / 北緯31.78044度 東経130.18208度 / 31.78044; 130.18208座標: 北緯31度46分50秒 東経130度10分55秒 / 北緯31.78044度 東経130.18208度 / 31.78044; 130.18208
高江村の位置図。地図は1950年時点。
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高江村(たかえむら)は、鹿児島県の北西部、薩摩郡に属していた村。

1956年(昭和31年)9月30日に川内市(現在の薩摩川内市)に永利村と共に編入され、自治体としては消滅した[3]。

大字

川内川の下流南部に位置しており、村域は東西8.1キロメートル、南北6.5キロメートルに及ぶ[1]。村域の南部には高江山地が東西に連なっている。村役場は大字高江に置かれていた[2]。1956年時点の総人口は5,949人、世帯数は1,310戸[4]、編入直前の1955年の国勢調査(1955年10月1日)時点では総人口は6,009人であった[5]。

高江村は藩政時代の村を継承した高江、久見崎、寄田の3大字があった[5][6]。

川内市編入時に「 市村の廃置分合に伴う大字の廃止及び町の新設」(鹿児島県告示)により大字高江は「高江町」、大字久見崎は「久見崎町」、大字寄田は「寄田町」となった[7]。現在の薩摩川内市高江町、久見崎町、寄田町にあたる。

隣接する自治体

河川

沿革

江戸時代には薩摩藩の行政区域「高江郷」の区域がそのまま高江村として置かれた。明治初期の戸長役場は高江に置かれており、町村制施行後も村役場が置かれており、高江村の中心となっていた。

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、高江郷の高江村、久見崎村、寄田村の区域より、薩摩郡高江村が成立[6]。
  • 1953年(昭和28年) - 村役場を大字高江字内場から大字高江字永田1735番地1に移転[2]。
  • 1954年(昭和29年)12月 - 高江村議会が川内市編入を議決する[3]。
  • 1956年(昭和31年)9月30日 - 高江村が川内市に編入される[3]。村役場は川内市役所高江支所(後に出張所に格下げ、1976年(昭和51年)12月28日廃止[8])となる[9]。

行政

  • 町長:前平善次郎(1951年5月[10] - 1956年9月30日)

歴代村長

以下の歴代村長一覧は川内市史記載の高江村長の一覧に基づく[11]。

代 氏名 就任年 退任年
初 山崎 弥輔 1889年(明治22年) 1892年(明治25年)
2 有馬 晋介 1892年(明治25年) 1896年(明治29年)
3 折田 穆 1896年(明治29年) 1899年(明治32年)
4 有馬 晋介 1899年(明治32年) 1912年(大正元年)
5 家村 壮之丞 1912年(大正元年) 1920年(大正9年)
6 中村 幸吉 1920年(大正9年) 1924年(大正13年)
7 児玉 甚五兵衛 1924年(大正13年) 1928年(昭和3年)
8 有馬 秀一 1928年(昭和3年) 不詳
9 橋口 吉次郎 1929年(昭和4年) 1933年(昭和8年)
10 日高 直二 1933年(昭和8年) 1946年(昭和21年)
11 木元 祐義 1947年(昭和22年) 1951年(昭和26年)
12 前平 善次郎 1951年(昭和26年) 1956年(昭和31年)

人口

以下の人口遷移表は『角川日本地名大辞典』の記述に基づく[5]。

凡例
人口(人)
1902年 3,979
1921年 4,031
1955年 6,009

地域

教育

中学校

小学校

  • 高江村立峰山小学校
  • 高江村立滄浪小学校
  • 高江村立寄田小学校

交通

出身著名人

脚注

参考文献

関連項目

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