高野一哉
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | 熊本県熊本市 |
| 生年月日 | 1992年11月10日(33歳) |
| 身長 体重 |
6' 1" =約185.4 cm 170 lb =約77.1 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2010年 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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中学時代は軟式野球部のエースとして県大会3位の実績を持つ。また、井手らっきょが校長を務めるプロフェッショナル・ベースボール・アカデミー(PBA)に通っていた[1]。
高校時代は1年秋からベンチ入りし、2年秋からエースとして活躍するも、甲子園出場実績はなかった[1]。
2010年9月13日にプロ志望届を提出したが[2]、同年のドラフト会議では指名はなかった(のちに本人は「ドラフト会議前の9月下旬に、メジャーへの挑戦を決断していた。」と語っている[3])。その後、11月20日にロサンゼルス・ドジャースがマイナー契約を結んだことを発表した[4]。
2011年からアリゾナリーグ・ドジャースでプレーし、4年間で31試合に登板。9勝4敗、防御率3.98だった。2011年はリーグ優勝した日に先発、勝利投手となり胴上げ投手となった。マイナーリーグで世界一となり、チャンピオンリングも手にしている。肩の怪我で苦しみ2014年は登板なしに終わり、9月26日に自由契約となった。
2015年1月25日、ベースボール・チャレンジ・リーグの信濃グランセローズが練習生として契約[5]。5月1日に選手契約を結んだ[6]。7月25日、退団[7]。
2017年シーズンより活動を開始した、社会人野球クラブチームの鳥開ベースボールクラブに入団し、現役を続行していた。
その後は中学時代に通っていたPBAのコーチを務め、小・中学生の指導に携わっている[8]。