高野和馬

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国籍 日本の旗 日本
出身地 茨城県
生年月日 (1984-09-20) 1984年9月20日(41歳)
身長 163.0cm
高野和馬
東京8Rパドック(2021年5月15日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 茨城県
生年月日 (1984-09-20) 1984年9月20日(41歳)
身長 163.0cm
体重 51.0kg
血液型 A型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 小檜山悟
初免許年 2004年
免許区分 平地・障害[1]
騎手引退日 2024年2月29日
経歴
所属 美浦・小檜山悟(2004.3.1 - 2006.3.20)→
美浦・フリー(2006.3.21 - 2022.2.20)→
美浦・小檜山悟(2022.2.21 - 2024.2.29)[2]
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高野 和馬(たかの かずま、1984年9月20日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) 美浦トレーニングセンター所属の調教助手、元騎手

新聞などの表記は同姓の高野容輔(こうの ようすけ)騎手がいたため「高野和」となっていたが、2011年より高野容輔の現役引退にともない「高野」表記となっている。

父と兄が厩務員という競馬ファミリーで育つ[3]

2004年3月に美浦の小檜山悟厩舎所属騎手としてデビュー。競馬学校20期生で同期に藤岡佑介川田将雅吉田隼人津村明秀らがいる。

JRAデビューに先立ち3月2日高崎競馬第7競走の地方交流競走で4番人気コウテイノユメに騎乗し、中舘英二江田照男内田利雄ら中央・地方のトップジョッキーも参戦した中で初騎乗初勝利を果たす。なおこの競走には減量の特典はなく通常の斤量での騎乗だった。同馬は高野が所属する小檜山厩舎の管理馬であり、競馬場には小檜山自身も臨場、高野の騎乗にあたり「どうせ指示してもその通りに乗れるわけはないんで、特に位置取りなどは指示せず「みんなと一緒にしっかり乗ってこい」とだけ言って送り出しました。」とコメントを残している[4]

JRA初勝利はそれから1ヶ月半後の4月18日福島5R未勝利戦で9番人気ノーザンスターで挙げている(JRA通算34戦目)。

地方競馬で幸先のよいスタートを切った高野であるが、減量騎手としての3年間の平地勝利はわずか3勝と苦戦。3年目の2006年8月20日の新潟1R未勝利戦(芝直線1000m)では、のちの重賞馬アルコセニョーラに斤量51kgで騎乗し単勝1.6倍の1番人気に推されたが3着に敗れている[5]

減量が取れる2006年春からはそれまで所属していた小檜山厩舎を離れフリーの騎手へと転向。また同時に乗り鞍を増やすべく障害競走への騎乗を開始し同年12月に障害初勝利を記録。以後、障害競走中心の騎乗となっている。

2012年にはミラクルオブレナで障害オープン初勝利を挙げるなど自己最多の年間5勝を挙げた。同年4月7日には小檜山厩舎所属のセイエイで障害未勝利戦を勝ち、翌週に連闘で中山グランドジャンプに出走しJGI初騎乗を果たした(7着)。セイエイとはその後も20戦以上にわたってコンビを組み、2013年の春麗ジャンプステークスで12番人気で1着、2014年の東京ジャンプステークスで13番人気で3着に入っている。

デビューから毎年最低1勝は挙げていたが、2017年は2着2回が最高で初めて未勝利に終わった。

2020年5月23日、東京3R(3歳未勝利ダート2100m)で11番人気セイウンソルジャーに騎乗し3着に入った。平地で馬券圏内となったのは、2008年2月17日のシルキーチーフ(13番人気3着)以来12年ぶりだった。

2024年2月29日付で騎手を引退し、栗田徹厩舎で調教助手に転向する[6]

エピソード

騎乗成績

脚注

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