津村明秀

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1986-01-05) 1986年1月5日(40歳)
身長 168cm[1]
津村明秀
第76回毎日王冠 表彰式 (2025年10月5日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 千葉県船橋市
生年月日 (1986-01-05) 1986年1月5日(40歳)
身長 168cm[1]
体重 51kg[1]
血液型 O型[1]
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 美浦・鈴木伸尋(2004.3.1 - 2007.8.20)
美浦・フリー(2007.8.21 -)
初免許年 2004年
免許区分 平地[2]
重賞勝利 23勝(中央23勝、地方0勝)
G1級勝利 ヴィクトリアマイル(2024年)
通算勝利 12253戦731勝(中央)
104戦2勝(地方)
2戦0勝(海外)
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津村 明秀(つむら あきひで、1986年1月5日 - )は、日本中央競馬会美浦トレーニングセンターに所属する騎手。騎手免許は平地競走のみである。

千葉県船橋市出身で、競馬好きの父親の影響で興味を持ち、小学5年生から中山競馬場の乗馬苑に通い始めて騎手を志した。2001年、4月にJRA競馬学校騎手課程第20期生として入学。入学時の同期には川田将雅藤岡佑介吉田隼人丹内祐次らがいる。卒業時に優秀な生徒に贈られるアイルランド大使特別賞を受賞した。

2003年12月20日中山競馬場で行われた模擬レースでリュウキュウスターに騎乗し、後続に6馬身差をつけ1着となる。模擬レースでは2戦2勝という成績だった。

2004年、2月に競馬学校を卒業し騎手免許を取得する。卒業時にアイルランド大使特別賞を受賞した。デビュー時は鈴木伸尋厩舎所属である。3月6日中京4Rでブーゲンビリアで初騎乗(4着)。3月21日中京5Rをマグマヴィーナスで勝利し、16戦目で初勝利を挙げたが、同日の第7レース発走前に騎乗馬のマイティーキングに振り落とされて落馬した際に左第1中手骨骨折する不運に見舞われた。7月28日船橋競馬場で行われたファビィステッキ特別でスズダニエルに騎乗し、地方競馬初騎乗を果たし10着となる。デビュー年は8勝を挙げ民放競馬記者クラブ賞を受賞した。

2010年2月20日東京競馬場第5レースで、コスモグレイスに騎乗して直線先頭に立っていたが、馬が急に外側に逃避し、バランスを崩して落馬した。診断の結果第2頸椎骨折・右挫傷の重症と診断され、約5か月間の戦線離脱を余儀なくされた[3]。その後1か月の安静・リハビリを経て、同年7月3日福島競馬で復帰した。この影響もあり、翌年2011年にはデビュー以来有していた障害競走の騎手免許を返上し、平地免許のみとなった(障害競走への騎乗は、デビュー以来一度もない)。

2021年2月6日、東京第6Rを勝利し、JRA通算500勝を達成した[4]

2022年4月24日、東京第7Rでタマダイヤモンドに騎乗して史上48人目となるJRA通算10000回騎乗を達成した[5]

2023年5月6日、東京3Rでレディアスに騎乗し1着となり、史上80人目、現役33人目となるJRA通算600勝を1万621戦で達成した[6]。同年12月16日、中山11Rでアナザーリリック(7着)に騎乗し、史上44人目、現役では28人目の記録となるJRA通算11000回騎乗を達成した[7]

2024年5月12日、東京11Rのヴィクトリアマイルをブービー14番人気のテンハッピーローズで制し、デビュー21年目・挑戦48戦目にして悲願のGI初制覇を飾った[8][9](ヴィクトリアマイルは初騎乗)。同年11月3日デルマー競馬場のBCマイルで同馬で出走、海外初騎乗を果たす(結果は4着)。

2025年7月12日、福島6Rで師匠の鈴木伸尋が管理するショーリバースに騎乗し1着となり、史上69人目、現役27人目となるJRA通算700勝を1万1922戦目で達成した[10]。10月5日の毎日王冠レーベンスティールで制し自身初のGII勝利となった[11]

エピソード

  • 坂井千明元騎手が主宰する「千明塾」の門下生である。
  • 2008年6月22日の函館競馬1Rで、騎乗したシルクアルバスがゴール直前でつまづき、落馬しないようこらえながら何とか1着でゴールするシーンがあった。この模様は、翌週2008年6月29日放送のサンデーモーニングの人気コーナー「週刊御意見番」で取り上げられ、大沢啓二に「あっぱれ!」と賞賛された。同番組では、GIレースの模様や騎手の大記録達成で競馬が稀に取り上げられることがあるが、好騎乗が取り上げられることはめずらしい。
  • 2012年10月26日に、当時新潟県在住の一般女性と結婚した[12]。その後、2人の息子をもうけている。
  • 自身そして家族全員が、Jリーグ鹿島アントラーズのサポーターである。
  • 2025年1月19日、中山競馬場で開催された3歳馬限定の重賞競走である第65回京成杯において、ニシノエージェントに騎乗し、見事同馬を重賞初勝利へ導いた。また同馬を管理する千葉直人調教師にも重賞初勝利をもたらした[16]。津村は勝利ジョッキーインタビューで「スタートしてから4角で抜けてこられるまで何もかもがうまくいった」と絶賛した。同日行われたWIN5では、1レース目の若潮ステークス・2レース目の豊川特別がどちらも人気馬で勝利したが、対象3レース目のジャニュアリーステークスで、横山和生騎手が騎乗した14番人気のジャスパージャックが勝利[17]日経新春杯で4番人気のロードデルレイが勝利し、この時点で77票残っていたが、京成杯で同馬が勝利したことで的中票が1票もない事態となり、2020年7月19日函館記念中京記念開催日以来4年半ぶりのキャリーオーバーももたらした[18][19]

騎手成績

日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順

初騎乗2004年3月6日1回中京1日4R3歳未勝利ブーゲンビリア16頭44着
初勝利2004年3月21日1回中京6日5R4歳上500万円下マグマヴィーナス16頭11着
重賞初騎乗2005年4月3日3回中山4日11Rダービー卿CTミッドタウン16頭47着
重賞初勝利2006年7月2日2回福島6日11RラジオNIKKEI賞タマモサポート16頭51着
GI初騎乗2009年3月29日2回中京6日11R高松宮記念アイルラヴァゲイン18頭1713着
GI初勝利2024年5月12日2回東京8日11Rヴィクトリアマイルテンハッピーローズ15頭141着

初騎乗2004年7月28日5回船橋2日10Rファビィステッキ特別スズダニエル11頭810着
初勝利2008年6月16日盛岡9Rエメラルド賞コスモクルトゥーラ12頭21着
重賞およびJpnI初騎乗2010年11月3日8回船橋3日9RJBCスプリントアイルラヴァゲイン14頭55着
年度1着2着3着騎乗数勝率連対率複勝率 表彰
2004年8911240.033.071.117 民放競馬記者クラブ賞
2005年364540577.062.140.210
2006年222825547.040.091.137
2007年383639654.058.113.173
2008年284560648.043.113.205
2009年161836505.032.067.139
2010年172225370.046.105.173
2011年211526452.046.080.137
2012年352431551.064.107.163
2013年283144524.053.113.197
2014年172947502.034.092.185
2015年284443547.051.132.210
2016年324150598.054.122.206
2017年514033630.081.144.197 フェアプレー賞
2018年526267704.074.162.257
2019年396046634.062.156.229
2020年315943554.056.162.240 フェアプレー賞
2021年415845582.070.170.247
2022年383854580.066.131.224
2023年565859624.090.183.277
2024年445241555.079.173.247
2025年515949664.077.166.239
中央72987391412242.060.131.206
地方2913104.021.106.231
海外0002.000.000.000

通算勝利記録

  • 通算100勝 2007年12月2日中京2R サラ3歳以上500万下・エアリーズ
  • 通算200勝 2012年7月21日札幌2R サラ3歳未勝利・マスターエクレール
  • 通算300勝 2016年3月26日中山3R サラ3歳未勝利・コスモコレクション
  • 通算400勝 2018年6月30日福島12R サラ3歳以上500万下・ショーム
  • 通算500勝 2021年2月6日東京6R 3歳新馬・カイザーバローズ
  • 通算600勝 2023年5月6日東京3R 3歳未勝利・レディアス
  • 通算700勝 2025年7月12日福島6R 3歳未勝利・ ショーリバース[20]

(JRA騎手名鑑・ウマニティより)[2][21]

おもな騎乗馬

2024年ヴィクトリアマイル
(騎乗馬テンハッピーローズ

太字はG1・Jpn1競走を示す

その他

表彰

脚注

関連項目

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