高野敏樹
日本の顧問弁護士、政治学者 (1950-)
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来歴
生い立ち
1950年、熊本県熊本市にて生まれた。中央大学に入学し、法学部の法律学科にて法学を学んだ[2]。1974年3月に同学科を卒業し、法学士の称号を取得した[2]。その後、上智大学の大学院に進学し、法学研究科の法律学専攻にて学んだ[2]。1976年3月に同専攻の修士課程を修了し、法学修士の学位を取得した[2]。その後、1981年3月に、同専攻の博士課程を満期単位取得退学した[2]。なお、後年、上智大学より博士(法学)の学位を授与されている[2]。
研究者として
大学院の博士課程を満期単位取得退学したのち、上智大学の法学部にて助手となる。その後、調布学園女子短期大学に転じ、講師を専任で務める。以来、助教授、教授と昇任する。調布学園女子短期大学は、調布学園短期大学を経て田園調布学園大学に改組されるが、その間、引き続き教授として教鞭を執った。
その後、田園調布学園大学から上智短期大学に転じた。同短期大学では英語科の科長などを務めた[2]。2012年、上智短期大学は上智大学短期大学部に改組されることとなり、上智短期大学の英語科としては最後の科長を務めることになった[3]。また、上智大学短期大学部の英語科においても、その初代科長に就任した。しかし、同年7月、初代学長を務めていたフランク・スコット・ハウエルが死去した[4]。それにともない、ハウエルの後任の学長に就任した。また、今まで務めていた英語科の科長は、メルヴィン・アンドラディが引き継いだ[5]。しかし、女子学生に対するセクシャルハラスメントが発覚し、同短期大学部を設置運営する上智学院の理事会により2013年3月27日に学長を解任され、後任は上智大学学長の滝澤正が兼務することとなった[1][6][7][8][9][10][11]。 セクハラの内容は、「特定の女子学生に対して、好意を含む内容のメールを短期間に多数送りつけた。」というもの。メールを送りつけられた女子学生が上智大学に相談通報して、その事実が発覚した。
研究
人物
略歴
- 1950年 - 熊本県熊本市にて誕生。
- 1974年 - 中央大学法学部卒業。
- 1976年 - 上智大学大学院法学研究科修士課程修了。
- 1981年 - 上智大学大学院法学研究科博士課程満期単位取得退学。
- 1981年 - 上智大学法学部助手。
- 1983年 - 調布学園女子短期大学英語英文科講師。
- 1986年 - 調布学園女子短期大学英語英文科助教授。
- 1991年 - 調布学園女子短期大学英語英文学科助教授。
- 1992年 - 調布学園女子短期大学英語英文学科教授。
- 1998年 - 調布学園短期大学英語英文学科教授。
- 2002年 - 田園調布学園大学人間福祉学部教授。
- 2012年 - 上智大学短期大学部英語科科長。
- 2012年 - 上智大学短期大学部学長。
- 2013年 - 上智大学短期大学部学長解任。
- 2013年 5月22日- 上智学院理事会において高野敏樹前短期大学部学長に対して「諭旨解雇」が決定される。
- 2013年 5月23日- 上智大学短期大学部を退職。
著作
単著
- 高野敏樹著『憲法制定権力と主権――憲法保障の視点からみたその意義と課題』図書出版青潮社、1998年。
共著
- 芦部信喜ほか編『日本国憲法の理論――佐藤功先生古稀記念』有斐閣、1986年。ISBN 4641030499
- 中谷実編著、向井久了ほか著『憲法訴訟の基本問題――基礎用語の解説』法曹同人、1989年。ISBN 4893650904
- 現代公法研究会編『現代憲法の理論と現実――佐藤功先生喜寿記念』青林書院、1993年。ISBN 4417008566
- 岩間昭道・戸波江二編『憲法2(基本的人権)』3版、日本評論社、1994年。ISBN 453540464X
- 高野敏樹・宮原均・斎藤孝ほか著『憲法』不磨書房、2004年。ISBN 4797292873
- 高野敏樹・宮原均・斎藤孝ほか著『憲法』2版、不磨書房、2007年。ISBN 9784797285437
翻訳
- ローレンス・W・ビーア編、佐藤功監訳『アジアの憲法制度――アメリカの影響に対するアジア的対応』学陽書房、1981年。ISBN 4313311041