高間武
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高間 武(たかま たけし、1956年2月18日 - )は、京都府出身の元サッカー選手(MF)、サッカー指導者。
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| 名前 | ||||||
| カタカナ | タカマ タケシ | |||||
| ラテン文字 | TAKAMA Takeshi | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1956年2月18日(70歳)[1] | |||||
| 出身地 | 京都府[1] | |||||
| 身長 | 170cm[2] | |||||
| 体重 | 60kg[2] | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| ユース | ||||||
| 1971-1973 | 京都商業高校 | |||||
| 1974-1977 | 大阪体育大学 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1978-1987 | 日産自動車 | 66 | (7) | |||
| 1988-1991 | 京都紫光クラブ | |||||
| 監督歴 | ||||||
| 1986-1987 | 日産自動車(Asistant) | |||||
| 1989-1992 | 京都紫光クラブ(Asistant) | |||||
| 1993 | 教育研究社FC京都パープルサンガ | |||||
| 1994-1996 | 京都パープルサンガサテライト(Asistant兼任) | |||||
| 1999-2000 | ヴィッセル神戸サテライト(Asistant兼任) | |||||
| 2001-2006 | 大阪学院大学(Asistant) | |||||
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1. 国内リーグ戦に限る。2013年12月28日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
プロフィール
京都商業高校→大阪体育大学を経て、卒業後の1978年に日産自動車へ入部。9年間にわたってMFとして活躍し、2度の天皇杯優勝を経験した。1988年に地元の京都紫光クラブへ移籍し、1991年限りで現役を引退。
引退後はコーチ専任となり、1993年、紫光クラブから名称変更した教育研究社FC京都パープルサンガの監督に就任するも、JFL1部最下位に終わる。その後は京都のコーチ兼サテライト監督(1994年 - 1996年)、普及育成コーチ(1997年 - 1998年)を歴任し、退団後はヴィッセル神戸のコーチ兼サテライト監督(1999年 - 2000年)を務める。
神戸退団後は大阪学院大学ヘッドコーチ(2001年 - 2006年)に就任し、それまで関西学生サッカーリーグ2部であった大院大を1部に昇格させた。2007年からは古巣・京都に強化部テクニカルディレクターとして復帰したが[1]、2012年4月、京都府京田辺市内で運転中に接触事故を起こしたと発表された[3]。2014年11月退任[4]。
現在は奈良県橿原市をホームタウンとする、奈良県社会人サッカーリーグ1部のポルベニルカシハラトップチームの監督を務めている。
所属クラブ
選手
- 1971年-1973年 京都商業高校(現・京都学園高校)[1]
- 1974年-1977年 大阪体育大学[1]
- 1978年-1987年 日産自動車サッカー部(1986年-1987年はコーチ兼任)[1]
- 1988年-1991年 京都紫光サッカークラブ(1989年-1991年はコーチ兼任)[1]
指導者
個人成績
監督成績
参考文献
- 『1990-1991JSLイヤーブック』日本サッカーリーグ編、南雲堂、1990 ISBN 4-523-31032-7
- 『1991-1992JSLイヤーブック』日本サッカーリーグ編、南雲堂、1991 ISBN 4-523-31033-5
- 『日本サッカーリーグ全史』日本サッカーリーグ、1993
- 『Jリーグオフィシャルガイド1996』、小学館、1996 ISBN 4-09-102324-X
- 『J.LEAGUE Official Fans' Guide 1999』、トランスアート、1999 ISBN 4-88752-100-6
- 『J.LEAGUE Official Fans' Guide 2000』、トランスアート、2000 ISBN 4-88752-102-2