高階敏忠 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 平安時代中期生誕 不明死没 永祚2年6月20日(990年7月14日)官位 従五位上・右衛門権佐 凡例高階敏忠時代 平安時代中期生誕 不明死没 永祚2年6月20日(990年7月14日)官位 従五位上・右衛門権佐主君 一条天皇氏族 高階氏父母 父:高階良臣兄弟 敏忠、成忠子 業遠テンプレートを表示 高階 敏忠(たかしな の としただ)は、平安時代中期の貴族。右近衛中将・高階師尚の孫で、宮内卿・高階良臣の子。官位は従五位上・左衛門権佐。 永延2年(988年)正月の除目で肥前国司に任ぜられる。右衛門権佐を経て、永延3年(989年)摂津守に任ぜられる。この時、左衛門権佐を務めていた。位階は従五位上に至る。永祚2年(990年)6月20日に頓死した。 歌人として活動した高階貴子(儀同三司母)や、源兼俊母は兄弟の成忠の系統だが、敏忠の系統からは院政期に活動した高階栄子や、高階泰経などが出ている。 官歴 永延2年(988年)正月29日:肥前国司[1]。閏5月9日:見右衛門権佐[1] 時期不明:従五位上[2]。左衛門権佐 永延3年(989年)4月5日:兼摂津守、左衛門権佐如元[1] 永祚2年(990年)6月20日:卒去[3] 系譜 父:高階良臣 母:不詳 妻:不詳 男子:高階業遠(965-1010) 脚注 1 2 3 『小右記』 ↑ 『尊卑分脈』高階氏 ↑ 『小記目録』 参考文献 宮崎康充編『国司補任 第四』続群書類従完成会、1990年 『尊卑分脈 第四篇』吉川弘文館、1958年 Related Articles