輝県市固囲村で調査された3基の戦国時代の大型墓は、いずれも墓上建築を持つ大型木槨墓であった。3基は東西約150m、南北125m、高さ2mほどの台地上に東西に並び、西から順に1号墓・2号墓・3号墓の名称で呼ばれている。
1号墓は、墓室・南墓道・北墓道からなる。墓室は墓口で南北長さ18.8m、東西幅17.7mあって、墓口から墓底までの深さは17.4mである。南墓道の長さは125m、北墓道の長さは47m以上ある。墓室内には、外槨と内槨が設けられ、漆棺の残片が残っていた。副葬品としては、鑑・壺・盤・匜・簋・罍・鼎などの土器・陶器類、鏃・戈を含む若干の青銅器、象嵌のある轅首金具などが出土している。埋土は版築で固められ、墓坑上には墓上建築の雨落ちに敷かれた石敷と考えられる敷石面が残っていた。また墓の東北部には、平瓦・丸瓦・瓦当などの堆積があり、建物の存在を示していた。
2号墓・3号墓も同じく南北に墓道をもつ長方形竪穴墓で、墓上建築の遺構が残っていた。