魚住純子
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東京都立第二高等女学校卒業[2]。松竹音楽舞踊学校卒業。俳優座演技研究所を経て[1]、1952年に東映に入社[1]。1953年に退社した後はフリーランスとなり、テレビ・ラジオでの活動を開始[1]。綜芸プロに所属し[1]、最終所属はエス・オー・プロモーション。
1967年に魚住のスキャンダルをでっちあげて週刊誌に報道させたとして、魚住の元所属事務所「文芸会」の社長と同社の女性事務員、『週刊実話』の編集長と同誌女性記者が名誉棄損の疑いで逮捕される事件が起こり、社長と事務員が起訴されたが、判決前の同年5月30日に東京拘置所の独房で社長が首つり自殺、女性事務員も6月30日に静岡・畑毛温泉で睡眠薬自殺(未遂)を図った(魚住純子中傷事件)[3][4]。自殺した社長は公判中に脅迫の余罪が発覚し、あらたに偽証罪で5人が逮捕され、懲役刑が確実視されていた[5]。