鳥居忠貴 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 江戸時代中期 - 後期生誕 明和6年(1769年)死没 文政2年7月12日(1819年9月1日)墓所 東京都文京区の吉祥寺 凡例鳥居 忠貴時代 江戸時代中期 - 後期生誕 明和6年(1769年)死没 文政2年7月12日(1819年9月1日)墓所 東京都文京区の吉祥寺官位 従五位下伊賀守幕府 江戸幕府藩 下野壬生藩世嗣氏族 鳥居氏父母 父:鳥居忠求、母:不詳兄弟 忠貴、竹村嘉道、謡台院、寛隆院、松平忠元正室テンプレートを表示 鳥居 忠貴(とりい ただたか)は、江戸時代中期の下野国壬生藩の世嗣。官位は従五位下・伊賀守。 壬生藩世子・鳥居忠求(3代藩主・鳥居忠意の長男)の長男として誕生。 壬生藩の嫡孫として生まれ、天明7年(1787年)に徳川家斉に初御目見・叙任する。寛政元年(1789年)に父が死去した後は祖父の嫡子となったが、寛政3年(1791年)に廃嫡された。代わって、叔父・忠見が嫡子となった。 墓所は東京都文京区の吉祥寺。 Related Articles