鳥居清光
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東京都出身。鳥居派8代目・5代清忠(言人)の娘として生まれる。幼少より家業の手伝いをしていたが[2]、兄・元宏が映画監督の道に進んだため、鳥居派を滅ぼすまいとした父から画法を伝授された[3]。東京都立駒場高等学校美術科時代[6]には洋画家の伊藤清永に師事し、油彩画を学ぶ[2]。東京芸術大学日本画科卒業後[7]、日生劇場のデザイン室や技術部に勤務する[2]。また、父について鳥居派の画法を習得する[2]。1976年7月に父が没した後、父の画業を引き継いて女性浮世絵師として正式に発足[3]、1982年11月27日に鳥居派9代目を襲名し、清光を名乗る[7]。襲名披露には、六代目中村歌右衛門、二代目尾上松緑、松竹社長の永山武臣、楢崎宗重、山口桂三郎らが列席した[7]。
その画風は、「浮世絵に留まらず、美人画は鏑木清方に学んだ父譲りの画風があり、また大和絵の味も加わった独自なものがある」[2]と評される。
舞台装置(美術)の代表作は、1985年5月歌舞伎座上演ほか『外郎売』・1992年1月国立劇場上演『解脱』・1987年1月国立劇場上演『成田山分身不動』など[1][8]。
1986年エイボン芸術賞[9][1]。1988年長谷川伸賞[1][8]。1995年度日本演劇興行協会賞[2][1][10]。1998年文化庁長官表彰[1][11]。2005年黄綬褒章受章[2][8]。2016年第37回松尾芸能賞特別賞受賞[12][8]。同年、国立劇場50周年表彰[8]。
作品
- 「雪月花」木版画 大判 美人画 1980年
- 「春」 木版画 美人画 1982年 兜屋画廊版
- 「弁慶」 木版画 1999年
- 「娘道成寺」 リトグラフ 1999年
- 「鳴神上人」 肉筆画 1982年