鴨川は沿川の水田地帯にとって重要な水源であり、それがゆえに用水をめぐって争いが起きていた。江戸時代末期には上流の鹿ヶ瀬村と下流の伊黒・拝戸・音羽の三ヶ村で、黒谷村にある井堰をめぐった争論が生じている。
川の名前になっている鴨の集落はかつて上賀茂神社の神田が置かれた地であり、鴨川そのものを社領として神供のための漁を行っていたといわれる。
「高島郡誌」には高島山で伐採された木材を鴨川を使って、小川津(小川津そのものについては安曇川の「おがわ」ではなく朽木の「こがわ」を指すという異説あり。安曇川の項目も参照。)から琵琶湖・瀬田川に流下させたことや高島縮を鴨川で晒したことが記されている。
近年は平成25年台風第18号の豪雨により、高島町宮野付近で決壊が発生し、大きな浸水被害を出している。