鵲橋
七夕の日に天の川上にできる橋
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鵲橋(しゃくはし、かささぎばし)とは、中国の伝説で旧暦の7月7日の七夕の日に天の川上にできる橋の名前である。
この橋は織姫と彦星が出会うためにできることから、鵲橋とは男女が良縁で結ばれる事を意味する。
『淮南子』からの引用とされている淮南子烏鵲填河成橋而渡織女
[1](烏鵲河を填めて橋を成し、織女を渡らしむ)という『白孔六帖』の文章が出典とされるがその史料的価値が低く、白居易自身による記述がどこからどこまでなのかも未解決であり[2]、また、現行の『淮南子』にはその記述は無い。
馮応京(ふうおうけい(1555-1606年)、正字:馮應京)の『月令広義』も『淮南子』からの引用として淮南子七月七日織女赴牽牛烏鵲填河成橋而渡
[3]と記述しているが、『淮南子』にはその記述は無い。
しかし、菅原道真にひこほしの行あひをまつ鵲の わたせる橋を我にかさなむ
の歌があり[4]、日本では男性である牽牛星が橋を渡るものとされていたようである。
宮中の階(きざはし)を「かささぎのはし」とも呼ぶ。
類語に烏鵲橋(からすとかささぎが作る橋)。