鷲尾隆敦 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 室町時代前期生誕 不詳死没 応永24年6月(1417年7月-8月)別名 鷲尾中将、鷲尾宰相、鷲尾中納言 凡例鷲尾 隆敦時代 室町時代前期生誕 不詳死没 応永24年6月(1417年7月-8月)別名 鷲尾中将、鷲尾宰相、鷲尾中納言官位 従二位、権中納言主君 後小松天皇→称光天皇氏族 鷲尾家父母 父:鷲尾隆右、母:不詳兄弟 隆広、隆敦子 隆豊、隆秀テンプレートを表示 鷲尾 隆敦(わしのお たかあつ)は、室町時代前期の公卿。権大納言・鷲尾隆右の子。官位は従二位・権中納言。鷲尾家6代。善勝寺長者。 注釈のないものは『公卿補任』による 応永2年(1395年) 正月7日:見左近衛中将 応永6年(1399年) 4月22日:従三位、参議 応永7年(1400年) 3月28日:兼丹波権守 応永8年(1401年) 正月5日:正三位 応永10年(1403年) 12月27日:権中納言 応永13年(1406年) 正月6日:従二位 応永24年(1417年) 6月某日:薨去 系譜 『尊卑分脈』より[1] 父:鷲尾隆右 母:不詳 生母不明の子女 男子:鷲尾隆豊 男子:隆秀(1393-1465) - 興福寺別当、鎌倉時代末期から中断していた興福寺院家の光明院を再興[2]。 脚注 注釈 出典 ↑ 尊卑分脈, p. 374. ↑ 富貴原 1975, p. 281. 参考文献 黒板勝美、国史大系編修会 編『尊卑分脈』 2巻(新訂増補)、吉川弘文館〈国史大系〉、1997年。 富貴原章信『日本中世唯識仏教史』大東出版社、1975年。https://dl.ndl.go.jp/pid/12222011/1/151。 Related Articles