建御名方神が鹿狩りをしている時に鹿が塩水を舐めているのを見て発見したとか、弘法大師(空海)がこの地を訪れた時に村人が塩に困窮していることを知り持っていた杖で地面を突いたところ、そこから塩水が湧出したといった開湯伝説がある。相当古い時代からこの塩水が利用されてきたことがわかる。
南北朝時代に南朝方の宗良親王(後醍醐天皇の皇子)がこの地に入り、南朝方の拠点とできたのも、塩があったからだといわれている。
1875年(明治8年)、旧徳島藩士・黒部銑次郎が岩塩を求めて塩泉の採掘を始め、大掛かりな製塩場を設置し、食塩製造を行った。岩塩は結局発見することができず、塩水が湧出する理由は未だに謎である。
現在も温泉水を煮詰めて取り出した「山塩」が作られており、菓子など土産物づくりやジビエ料理に使われている[1]。