黄金神社 (高山市)

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所在地 岐阜県高山市堀端町108
位置 北緯36度8分27.4秒 東経137度15分47.8秒 / 北緯36.140944度 東経137.263278度 / 36.140944; 137.263278座標: 北緯36度8分27.4秒 東経137度15分47.8秒 / 北緯36.140944度 東経137.263278度 / 36.140944; 137.263278
社格 村社、白幣社[1]
黄金神社
所在地 岐阜県高山市堀端町108
位置 北緯36度8分27.4秒 東経137度15分47.8秒 / 北緯36.140944度 東経137.263278度 / 36.140944; 137.263278座標: 北緯36度8分27.4秒 東経137度15分47.8秒 / 北緯36.140944度 東経137.263278度 / 36.140944; 137.263278
主祭神 金山毘古神金山毘売神
社格 村社、白幣社[1]
創建 不詳
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黄金神社(おうごんじんじゃ)は、岐阜県高山市堀端町に鎮座する神社

「金守山黄金神社」とも称する。

飛騨護國神社と同一敷地にあるが、黄金神社は護國神社とは別法人であり、護國神社の境内社ではない[2]

慶長年間、飛騨国内の鉱業開発を祈念し、金山毘古神金山毘売神を勧請し、高山城内に創建[1]寛永十八年(1641年)には飛騨国の鉱山の発見、開発に貢献した宮島平左衛門を祀り、その後同じく鉱山の発見、開発に貢献した茂住宗貞(金森宗貞)を祀る。

高山城の鎮座地は二之丸であったが、文政年間、銀絞吹所の鎮守神とするため、馬場町に移転する。

1879年(明治12年)に村社となる[3]1880年(明治13年)に中教院大講堂の建設に伴い、現在地に移転[3]

1993年(平成5年)、拝殿の老朽化もあり、黄金神社、飛騨大神宮、祖霊殿社の社殿を保護する忠孝苑合祭殿に移る[2][4]

主祭神

相殿祭神

  • 茂住宗貞主
茂住宗貞。元の名は糸屋彦次郎宗貞。天正十七年(1589年)に金森長近に招かれ鉱山奉行となり、茂住宗貞と名乗る。和佐保銀山、茂住銀山、蔵柱金山などを開発する。その貢献として金森姓を貰い、金森宗貞を名乗っている。慶長十三年(1608年)金森長近が死去すると身の危険を感じ、越前国敦賀に退去する。寛永二十年(1643年)死去[4]。死去後に黄金神社に祀られる。
  • 宮島平左衛門主
宮島平左衛門。元は金沢藩士であり、本名は平野時則。鉱業に詳しく、寛永六年(1629年)に金森氏に仕え、寛永八年(1631年)に金山奉行に登用さる。同僚による讒訴により寛永十五年(1638年)に高山城内で横死。死去後に城内で怪異現象や農作物の不作、鉱山の荒廃があったことから、金森頼業により祀られる[4]

主な祭礼

  • 例大祭 - 6月5日
  • こがね講祭 - 1月11日
1月11日の蔵開きの日に行う商売繁盛や厄除け、開運を祈る祭。祈願後、祖霊殿御祭神の大国主神を「客神大黒天」として招き、縁起を占う抽選会が行われる[4]

脚注

参考文献

外部リンク

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