黒坪則之

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黒坪 則之(くろつぼ のりゆき、1961年4月5日[1] - )は、日本の実業家

略歴

東京都豊島区生まれ[1]埼玉県の上福岡市立第三小学校、茨城県の取手市立井野小学校を経て、10歳の頃より福岡県北九州市に住み、北九州市小石小学校に通学していた[1]

ラ・サール中学校・高等学校を経て慶應義塾大学経済学部卒。大学在学中には、国立学院神奈川本部(当時)にて中学受験対策室長、小学部長などを歴任した。1986年日本アイ・ビー・エムへ入社。1990年、LANベンダーの草分け的存在であったアンガマン・バス(株)へ転職。同年秋には同社社長上原政二らと共に(株)ネットワールドの設立に参画。同社教育・デモセンター長に就任。

1992年、自身でクロス・ヘッド(株)を設立し、代表取締役社長に就任。2002年には会長に就任。2005年、同社退任。その間、イントラネット(株)取締役、ネットビレッジ(株、現 funfon)監査役などを歴任。

2020年頃より静岡県伊東市に移住。同市に本社を置く薬局チェーン・うさぎ薬局の社長室長(顧問)を務め、人材確保を担っている[2][3]。医療介護福祉の改善などを掲げ[4]2025年12月14日の第22回市長選挙に立候補したが落選し、得票率は8.22%で供託金没収となった[5]

主な著書には、「はじめてのパソコンLAN(工業調査会)」「日本型SCMの構築(工業調査会)」などがある。

脚注

外部リンク

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