天保8年6月20日(グレゴリオ暦1837年7月22日)、武蔵国川越で呉服商を営んでいた先代黒須喜兵衛の長男として誕生[1]。
明治に入り、政府が国立銀行条例を制定すると、同じく川越の商家であった綾部利右衛門[注釈 1]、横田五郎兵衛、山崎嘉七らとともに明治11年(1878年)に銀行創立願を提出、第八十五国立銀行として認可された。同年の株主総会において喜兵衛は頭取に選任された。
明治20年(1887年)10月12日[注釈 2]、病気のため数え51で死去。川越市街の法善寺に埋葬された[1]。第八十五国立銀行の頭取職は横田に引き継がれた。