忠
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儒教では古くから「父子天合」(孝)に対して、「君臣義合」(忠)というテーゼがあり、『礼記』曲礼篇には、父が過ちをした場合の子の対応を「三度諫めて聞かざれば、すなわち号泣してこれに随う」と記され、これに対して、君が過ちをした場合の臣の対応を「三度諫めて聞かざれば、すなわちこれを逃(さ)る」と記している。儒教的世界(天下)観は、この国家と家族(個人)の2つの中心を有する楕円であり、修身・斉家・治国・平天下といった理想も、この楕円を楕円たらしめるための理想主義とされる[1]。したがって、どちらか一方の中心に収瞼させて円にしようとするものではない。そのため、後述の日本の「忠孝一致」のプリンシプルから安易に類推することのできないものがあるとされる[2]。