1938年ドイツ国会選挙

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改選数814議席
選挙制度比例代表制
有権者20歳以上のドイツ国民
1938年ドイツ国会選挙
Reichstagswahl 1938
ナチス・ドイツ
1936年 
1938年4月10日
 1949年
ドイツの旗 西ドイツ
東ドイツの旗 東ドイツ

内閣 ヒトラー内閣
改選数 814議席
選挙制度 比例代表制
有権者 20歳以上のドイツ国民
有権者数 45,149,952人

  多数党


 


党首 アドルフ・ヒトラー
政党 国民社会主義ドイツ労働者党
党首就任 1921年7月29日
前回選挙 741
獲得議席 814
(一党独裁)
議席増減 増加 73
得票数 44,451,092
得票率 99.01%
得票率増減 増加0.21%

選挙前首相

アドルフ・ヒトラー
国民社会主義ドイツ労働者党

選出首相

アドルフ・ヒトラー
国民社会主義ドイツ労働者党

1938年ドイツ国会選挙(1938ねんドイツこっかいせんきょ、ドイツ語: Reichstagswahl 1938)は、1938年4月10日に行われたドイツ国会議員選挙である。

この選挙の時点ですでに、1933年アドルフ・ヒトラー総統により成立したナチス・ドイツにおいて国民社会主義ドイツ労働者党(以下、ナチ党)以外の政党は全て解散させられていたので、ナチ党のみが出馬する最後のドイツの国政選挙になった。また、第二次世界大戦開戦前においてドイツにおける最後の国政選挙にもなった。

オーストリアでは国会選挙の代わりにアンシュルスの是非を問う国民投票が実施され、こちらはナチ党組織や行政組織による投票行動への厳しい監視の中、99.73%が賛成票を投じた。またズデーテン併合に伴い、12月5日ズデーテン地方での国会選挙が行われたほか、1939年4月にはリトアニアから返還ドイツ語版英語版されたメーメル地方(クライペダ地方)から2名の議員が選出されている[1]

国会議員の任期は4年となっていたが、戦時中の1943年1月25日総統アドルフ・ヒトラーが次回の国会議員選挙期日を1947年1月30日と定める法律「大ドイツ帝国議会の選挙期日の変更に関する法律(Gesetz über die Verlängerung der Wahlperiode des Großdeutschen Reichstags」に署名した[2][3]が、その前に敗戦(1945年5月7日欧州戦線における終戦 (第二次世界大戦)#ドイツの降伏)に伴ってナチス・ドイツが消滅した(連合軍軍政期 (ドイツ)西ドイツドイツ民主共和国(東ドイツ)ドイツ連邦共和国)。戦後初のドイツの国政選挙で、1949年ドイツ連邦議会選挙が同年8月14日に行われた。

選挙結果

脚注

参考文献

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