1949年ドイツ民主共和国人民代表大会選挙

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1949年ドイツ民主共和国人民代表大会選挙
Volkskongresswahl 1949
ドイツ民主共和国
1938年 
1949年5月15日 - 16日
 1950年

投票率 95.23%
  第1党


 


党首 ヴィルヘルム・ピーク
政党 ドイツ社会主義統一党
同盟 民主ブロック
党首就任 1946年4月22日
獲得議席 450

選出首相

オットー・グローテヴォール
ドイツ社会主義統一党

1949年ドイツ民主共和国人民代表大会選挙(1949ねんドイツみんしゅきょうわこくじんみんだいひょうたいかいせんきょ、ドイツ語: Volkskongresswahl 1949)は、1949年5月15日から5月16日までドイツ民主共和国(東ドイツ)で行われた人民代表大会委員の選挙である[1]

投票用紙

選挙では事実上の独裁政党であるドイツ社会主義統一党(SED)が支配する反ファシスト民主党ブロックの統一名簿が作成された[2]。投票用紙には「私はドイツの統一と公正な平和条約に賛成です。それゆえ、私は第3回ドイツ人民代表大会の候補者リストに投票する」と記載されており、有権者は「賛成」と「反対」の選択肢があったが、秘密投票は行われなかった[3][4]

公式統計によると、有権者の95.23%が投票し、66%がリストを承認し[5]、その後の40年間の共産主義支配で最低の得票率となった[4]

選挙結果

選挙後

脚注

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