1960年東京オリンピック構想

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1960年東京オリンピック構想(1960ねんとうきょうオリンピックこうそう)では1960年夏季オリンピック開催地に東京都が立候補したことについて記述する。

1952年、オリンピックに復帰することになった日本は、同年5月に1960年第17回夏季オリンピックを東京に招致する意向を表明したが、1955年6月15日の第50次IOC総会の投票において第1回目の投票で落選した。東京は1940年夏季オリンピックの開催地として選ばれたが、日中戦争の拡大により開催を返上している。

  • 会期:1960年7月30日 - 8月14日[1]
予定会場[2]
  • メイン会場:明治神宮外苑
    • 陸上競技場 - 陸上競技・サッカー・ホッケー・馬術障害飛越個人・開閉会式 敷地面積94,000平米・収容人数100,000人規模に改築
    • 明治神宮水泳場 - 水球
    • 水泳スタジアム(新設) - 競泳 陸上競技場南側に長さ50m・幅25mの競泳プールと25m四方の飛込プールや客席35,000席を整備
    • 東京体育館 - バスケットボール・ボクシング・体操・レスリング
    • 秩父宮ラグビー場 - サッカー・ラグビー(公開競技)
    • 明治神宮野球場 - 野球(公開競技)
    • この他候補地として旧駒場練兵場、上板橋緑地等も挙げられていた[3]
  • 戸田漕艇場 - ボート 幅7m・深さ3mから幅10m・深さ4mに拡張を計画
  • 荒川戸田漕艇場付近-足立新田付近 - カヌー
  • 後楽園競輪場 - 自転車トラック競技・ホッケー
  • 馬事公苑 - 馬術
  • 東京競馬場 - 馬術
  • 相模原市・座間市周辺 - 馬術耐久競技・近代五種馬術 馬術主会場を馬事公苑とした場合に使用を計画
  • 朝霞射撃場 - ライフル射撃
  • 村山射撃場 - クレー射撃
  • 横浜港沖 - ヨット
  • 武蔵野サッカー場 - サッカー
  • 東京都美術館 - 芸術展示
  • 選手村[4]
    • 男子 - 代々木ワシントンハイツ跡
    • 女子 - 新宿区戸山町
  • その他ウエイトリフティング・バレーボール・フェンシング・レスリング・体操の本競技に対応可能な屋内競技場として後楽園アイスパレス・後楽園ローラースケート場・蔵前国技館両国国技館・日活スポーツセンター、サッカー・ラグビー・ホッケーの本競技に対応可能な球技場として小石川運動場が挙げられていた[2]
聖火リレー[5]
  • オリンピア-アテネ間の後飛行機を用いて東京へ移送する簡易な案の他、チンギス・ハーンやイタリア宣教師の遠征に因んだヒマラヤ北部またはフランス宣教師の布教に因んだヒマラヤ南部経由のルート、マルコ・ポーロに因んだヒマラヤを南に避けるルート、シベリア経由ルートが候補として挙げられた。

招致活動の経過

投票結果
都市 NOC 1回目 2回目 3回目
ローマイタリアの旗 イタリア152635
ローザンヌスイスの旗 スイス142124
デトロイトアメリカ合衆国の旗 アメリカ611
ブダペスト ハンガリー81
ブリュッセルベルギーの旗 ベルギー6
メキシコシティメキシコの旗 メキシコ6
東京日本の旗 日本4

その後

1955年10月10日、東京都議会は第18回大会の招致を満場一致で決議し、1964年の東京オリンピック開催を目指すことになった。

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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