2011年チリ空軍輸送機墜落事故
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南緯33度40分30秒 西経78度53分46秒 / 南緯33.675度 西経78.896度座標: 南緯33度40分30秒 西経78度53分46秒 / 南緯33.675度 西経78.896度
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チリ空軍のCASA C-212輸送機 | |
| 事故の概要 | |
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| 日付 | 2011年9月2日 |
| 概要 | 天候不順によるコントロール喪失 |
| 現場 |
南緯33度40分30秒 西経78度53分46秒 / 南緯33.675度 西経78.896度座標: 南緯33度40分30秒 西経78度53分46秒 / 南緯33.675度 西経78.896度 |
| 乗客数 | 17 |
| 乗員数 | 4 |
| 負傷者数 | 0 |
| 死者数 | 21 (全員) |
| 生存者数 | 0 |
| 機種 | CASA C-212 300DF |
| 運用者 | チリ空軍 |
| 機体記号 | 966 |
| 出発地 |
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| 目的地 |
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2011年チリ空軍輸送機墜落事故(2011ねんチリくうぐんC-212きついらくじこ)は、2011年9月2日、チリ空軍のCASA C-212中型輸送機が同国サンティアゴからロビンソン・クルーソー島へと向かう運航中に太平洋上で墜落した航空機事故である。本事故で、搭乗していた乗員乗客合わせて21人全員が死亡した。
テレビシオン・ナシオナル・デ・チリ(チリ国営テレビ)のスタッフを輸送する際中の事故であり、犠牲者の中には司会者のフェリペ・カミロアガ(英語: Felipe Camiroaga)とジャーナリストのロベルト・ブルーセ(英語: Roberto Bruce)も含まれる[1]。
本機は、チリ空軍第10輸送隊によって運用され、2010年のチリ地震発生後から救援活動を支援するための飛行を行ってきた。現地時間13時52分(UTC 16時52分)に、17人の乗客と4人の乗員を乗せた本機は、サンティアゴのアルトゥーロ・メリノ・ベニテス国際空港を出発し、ロビンソン・クルーソー空港へ向かっていた[2]。
悪天候と強風に針路を妨害されつつも、3時間近くかけてロビンソン・クルーソ島付近に到着した。飛行場上空に到着し、着陸のためにそのまま上空を通過し、反対側からアプローチを試みた。しかし、強い横風が吹いていたためアプローチは中止され、再度着陸を試みるために一旦上昇した[2]。
16時48分に、飛行場職員は、本機が低高度で大きく旋回するのを目撃した。直後、丘で隠れてしまい、再び本機を目撃することはなく、そのまま姿を見失った。本機はロビンソン・クルーソ島とサンタ・クララ島(英語: Santa Clara Island)の間の海域に墜落し、乗員乗客全員が死亡していた[2]。
地元の漁師や住民らが、海に浮かぶ女性2人と男性1人の遺体を発見し[3]、9月7日にはさらに4人の遺体が回収された。本事故は、チリ空軍としては1977年の事故に次ぐ最悪の事故となった[4]。
事故機
事故機は、機体記号966のCASA C-212 300DF型であり、1994年に製造された[2]。