前川文夫
日本の植物学者
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略歴
人物
植物の分類、特にカンアオイ属の専門家として有名。それにもかかわって、地理分布との関連に主な関心があったようである。フォッサ・マグナが植物分布の大きな分布境界線であることを指摘したのも彼である。植物の分類研究のみならず、生物全体の系統にも関心を抱き、生物のあり方をアメーバ相・鞭毛相・包膜相の三つに分けて整理し、独自の系統論を展開した。また、ドクウツギなどの隔離分布を説明するのに、大陸移動と地軸の変動を考慮にいれた古赤道分布説を提唱した。このように、非常に空間的、時間的にもスケールの大きい発想に基づく説を展開する点で、日本では珍しい学者の型に入る。その独特の、言わば大風呂敷にはファンも多い。他方、批判する向きもあり、例えば日浦勇は「前川文夫的手法」と称して、「出来るだけタイムスケールを大きくすることで話を膨らましているだけ」と言っている。他に、史前帰化植物(1943年)も彼の提唱した考えである。第二次世界大戦時に従軍して中国へ行ったことから、その際に中国で見た人里のさまざまな植物から発想されたものとのことである。
成蹊学園の教師をしていた時期の教え子の中に、後に腸内細菌の研究者となった光岡知足がいて、光岡が研究分野を決める際の影響を受けた恩師として、前川文夫を挙げている[3]。