FCステアウア・ブカレスト

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フォトバル・クルブ・FCSBFotbal Club FCSB (ルーマニア語発音: [fet͡ʃeseˌbe]))は、ルーマニアの首都ブカレストを本拠地とするサッカークラブ。以前はFCステアウア・ブカレストFotbal Club Steaua București (ルーマニア語発音: [ˈste̯awa bukuˈreʃtʲ]))であったが、2017年4月から現在の名称となっている[3]

原語表記 Fotbal Club FCSB
愛称
  • Steliștii
  • Roș-albaștrii (The Red and Blues)
  • Viteziștii[1] (The Speedsters)
クラブカラー 青と赤
創設年 1947年
概要 FCSB, 原語表記 ...
FCSB
原語表記 Fotbal Club FCSB
愛称
  • Steliștii
  • Roș-albaștrii (The Red and Blues)
  • Viteziștii[1] (The Speedsters)
クラブカラー 青と赤
創設年 1947年
所属リーグ ルーマニア・リーグ
所属ディビジョン リーガ1
ホームタウン ブカレスト
ホームスタジアム アレーナ・ナツィオナーラ
収容人数 55,634[2]
代表者 ルーマニアの旗 ゲオルゲ・ベカリ
監督 キプロスの旗 エリアス・ハラランブス
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
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現在リーガ1(ルーマニア1部リーグ)に所属し、過去に26のリーグ、22のルーマニア・カップ、6つのルーマニアスーパーカップを獲得するなどルーマニア国内において最も成功したクラブである。 またUEFAチャンピオンズリーグの前身であるUEFAチャンピオンズカップを制した東欧勢初のクラブでもある。

略歴

クラブは1947年6月7日、ルーマニアの王室の数人の役員の主導により、ミハイ・ラスカル(ルーマニア国防相)の承認を受けて王立軍のクラブとして創設された。当初のクラブ名はASA(Asociția Sportivă a Armatei)。また7つの部門(サッカーを含む)を擁する総合スポーツクラブでもあった。その後、政変が起こり共産主義政権が樹立した事で1948年にCSCA(Clubul Sportiv Central al Armatei)、1950年にCCA(Casa Centrală a Armetei)と改称された。

1961年にCSAステアウア(Clubul Sportiv al Armatei Steaua)へ改称された。クラブの新しい名前「ステアウア」の由来はルーマニア語のを意味する言葉であり、赤軍の象徴である赤い星から採用された(ルーマニア国防省の象徴。東欧の多くの軍所有のクラブの象徴でもある)。

1980年代にエメリック・イェネイアンゲル・ヨルダネスクの指導の下で、印象的なチームを築き上げた。1986年5月7日にセビリアで行われたUEFAチャンピオンズカップ決勝においてFCバルセロナを下し、同タイトルを制した東欧初のクラブとなった。更に同年のUEFAスーパーカップにおいてディナモ・キエフを破り国際タイトル二冠を達成した。クラブはその後チャンピオンズカップにおいて1987-88にベスト4進出、1989年に準優勝する等国際試合において安定した力を維持した。ルーマニア国内においても4度のリーグ(1985-86、1986-87、1987-88、1988-89)と4度のカップ戦(1984-85、1986-87、1987-88、1988-89)を制した。また1986年6月から1989年9月に掛けてリーグ戦104試合無敗記録も作り上げた。

1989年のルーマニア革命によって共産主義政権が崩壊した事で、軍は旧政権との全ての繋がりを断つ事を決定し、1991年に象徴を従来の「星」のデザインから「」がデザインされたものへ変更されたが、2003年に1974年から1991年まで使用したエンブレムに戻した。

また革命後は開かれた自由市場を国家にもたらし、それに伴いゲオルゲ・ハジら有力選手達は西側のクラブに移籍していった。これ以降ヨーロッパのカップ戦においては苦戦を続けているが、国内では安定した地位を維持し続けている。現在のオーナー、ゲオルゲ・ベカリは不動産業で蓄財した資産家・政治家であり、ステアウアへの多額の投資を行う一方、頻繁に監督を解任している。

1998年にサッカー部門はヨーロッパサッカー連盟(UEFA)の規則に従う為にCSAステアウアから独立してFCステアウア(Fotbal Club Steaua)に改称し、AFCステアウアと呼ばれる非営利団体によって所有される事になった。それと共にかつての「星」のデザインされた象徴も復活させた。

2014-15シーズンはリーガ1クパ・ロムニエイクパ・リギーで優勝し、史上初の国内3冠を達成した[4]

「ステアウア」の名称の優先使用権を持つ軍からチーム名の変更を求められ、2017年4月にチーム名をFC FCSBへ変更している[3]

クラブ名の遍歴

クラブ名
1947–1948 ASAブカレスト
1948–1950 CSCAブカレスト
1950–1961 CCAブカレスト
1961–1998 CSAステアウア・ブカレスト
1998–2003 AFCステアウア・ブカレスト
2003–2017 FCステアウア・ブカレスト
2017–現在 FC FCSB

クラブの特徴

ゲンチェア

カラー

クラブ創設時にはルーマニアの三色旗を模した黄色のシャツにいパンツを着用していたが、王立軍のクラブから国軍のクラブへと移行した際に黄色だけは除外され青と赤が公式色として残った。現在は赤いシャツに青いパンツ、赤いソックスの組み合わせが基本であるが他のパターンもある。

スタジアム

ホームスタジアムはStadionul Steaua(ゲンチェア)を使用する。1974年4月9日に開場されたサッカー専用スタジアムで、当初の収容能力は30,000人であった。 1991年にスタジアムは改修工事を行い、ベンチシートから個席へと変更された。これにより収容能力は28,139人に減少した。またその際に夜間照明システムやVIP専用ボックスも設置された。

ルーマニア代表もこのスタジアムを使用し、1977年3月にトルコ代表との試合が行われて以来59回の国際試合が行われた。

ダービー

クラブの最も重要な試合はディナモ・ブカレストとの試合である。両クラブはルーマニアにおいて最も成功したサッカークラブであり、この一戦はマレレ・ダービー(グレート・ダービー)と呼ばれ人気を得ているが、サポーター同士の衝突もたびたび起きている。またルーマニア軍(ステアウアを支援)と内務省(ディナモを支援)の代理戦争でもある。

タイトル

国内タイトル

1951, 1952, 1953, 1956, 1959-60, 1960-61, 1967-68, 1975-76, 1977-78, 1984-85, 1985-86, 1986-87, 1987-88, 1988-89, 1992-93, 1993-94, 1994-95, 1995-96, 1996-97, 1997-98, 2000-01, 2004-05, 2005-06, 2012-13, 2013-14, 2014-15, 2023-24, 2024-25
1948-49, 1950, 1951, 1952, 1955, 1961-62, 1965-66, 1966-67, 1968-69, 1969-70, 1970-71, 1975-76, 1978-79, 1984-85, 1986-87, 1987-88(*), 1988-89, 1991-92, 1995-96, 1996-97, 1998-99, 2010-11, 2014-15, 2019-20
2014-15, 2015-16
1994, 1995, 1998, 2001, 2006, 2013

国際タイトル

1985-86
1987

過去の成績

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シーズン ディビジョン クパ・ロムニエイ
リーグ順位
1947–48ディヴィジアA14位8回戦敗退
1948–49ディヴィジアA6位優勝
1950ディヴィジアA5位優勝
1951ディヴィジアA1位優勝
1952ディヴィジアA1位優勝
1953ディヴィジアA1位準優勝
1954ディヴィジアA2位準決勝敗退
1955ディヴィジアA6位優勝
1956ディヴィジアA1位準決勝敗退
1957–58ディヴィジアA2位準々決勝敗退
1958–59ディヴィジアA3位準々決勝敗退
1959–60ディヴィジアA1位準々決勝敗退
1960–61ディヴィジアA1位準決勝敗退
1961–62ディヴィジアA9位優勝
1962–63ディヴィジアA2位準決勝敗退
1963–64ディヴィジアA3位準優勝
1964–65ディヴィジアA3位8回戦敗退
1965–66ディヴィジアA12位優勝
1966–67ディヴィジアA5位優勝
1967–68ディヴィジアA1位準々決勝敗退
1968–69ディヴィジアA4位優勝
1969–70ディヴィジアA3位優勝
1970–71ディヴィジアA3位優勝
1971–72ディヴィジアA9位7回戦敗退
1972–73ディヴィジアA6位準決勝敗退
1973–74ディヴィジアA6位準決勝敗退
1974–75ディヴィジアA5位準決勝敗退
1975–76ディヴィジアA1位優勝
1976–77ディヴィジアA2位準優勝
1977–78ディヴィジアA1位8回戦敗退
1978–79ディヴィジアA3位優勝
1979–80ディヴィジアA2位準優勝
1980–81ディヴィジアA4位準々決勝敗退
1981–82ディヴィジアA6位8回戦敗退
1982–83ディヴィジアA5位8回戦敗退
1983–84ディヴィジアA2位準優勝
1984–85ディヴィジアA1位優勝
1985–86ディヴィジアA1位準優勝
1986–87ディヴィジアA1位優勝
1987–88ディヴィジアA1位優勝
1988–89ディヴィジアA1位優勝
1989–90ディヴィジアA2位準優勝
1990–91ディヴィジアA2位準々決勝敗退
1991–92ディヴィジアA2位優勝
1992–93ディヴィジアA1位準々決勝敗退
1993–94ディヴィジアA1位8回戦敗退
1994–95ディヴィジアA1位8回戦敗退
1995–96ディヴィジアA1位優勝
1996–97ディヴィジアA1位優勝
1997–98ディヴィジアA1位準々決勝敗退
1998–99ディヴィジアA3位優勝
1999–00ディヴィジアA3位8回戦敗退
2000–01ディヴィジアA1位準々決勝敗退
2001–02ディヴィジアA4位準決勝敗退
2002–03ディヴィジアA2位8回戦敗退
2003–04ディヴィジアA2位8回戦敗退
2004–05ディヴィジアA1位7回戦敗退
2005–06ディヴィジアA1位7回戦敗退
2006–07リーガ12位準決勝敗退
2007–08リーガ12位8回戦敗退
2008–09リーガ16位7回戦敗退
2009–10リーガ14位8回戦敗退
2010–11リーガ15位優勝
2011–12リーガ13位8回戦敗退
2012–13リーガ11位8回戦敗退
2013–14リーガ11位準優勝
2014–15リーガ11位優勝
2015–16リーガ12位準優勝
2016–17リーガ12位8回戦敗退
2017–18リーガ12位準々決勝敗退
2018–19リーガ12位8回戦敗退
2019-20リーガ15位優勝
2020-21リーガ12位8回戦敗退
2021-22リーガ12位8回戦敗退
2022-23リーガ12位グループステージ敗退
2023-24リーガ11位グループステージ敗退
2024-25リーガ11位グループステージ敗退
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欧州の成績

UEFAチャンピオンズリーグ / UEFAチャンピオンズカップ

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UEFAヨーロッパリーグ / UEFAカップ

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UEFAヨーロッパカンファレンスリーグ

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UEFAカップウィナーズカップ

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現所属メンバー

2026年2月6日現在[5][6]

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

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No. Pos. 選手名
2 DF ルーマニア ヴァレンティン・クレツ
3 DF ポルトガル アンドレ・ドゥアルテ
4 DF ボスニア・ヘルツェゴビナ ダニエル・グラオヴァツ
5 DF カメルーン ジョイスキム・ダワ
6 DF ルーマニア アンドレイ・ダンクシュ
9 FW ルーマニア ダニエル・ブルリジェア
10 FW ルーマニア フロリン・タナセ (副主将)
11 FW ルーマニア ダヴィド・ミクレスク
12 DF ベナン ダヴィド・キキ
13 GK ルーマニア マテイ・ポパ
15 MF イスラエル オフリ・アラド
16 MF ルーマニア ミハイ・リクサンドル
17 DF ルーマニア ミハイ・ポペスク
18 MF カーボベルデ ジョアン・パウロ
21 DF ルーマニア ヴラド・キリケシュ (第4主将)
No. Pos. 選手名
22 MF ルーマニア ミハイ・トマ
23 DF ルーマニア ヨヌツ・チェルチェル
27 MF ルーマニア ダリウス・オラル (キャプテン)
28 DF ルーマニア アレクサンドル・パンテア
30 DF 南アフリカ共和国 シヤボンガ・エンゲザナ
31 MF イタリア ユーリ・チゾッティ
32 GK ルーマニア シュテファン・タルノヴァヌ
33 DF モンテネグロ リスト・ラドゥノヴィッチ (第3主将)
34 GK ルーマニア ミハイ・ウドレア
37 MF ルーマニア オクタヴィアン・ポペスク
38 GK チェコ ルカーシュ・ジマ
42 MF ウガンダ ババ・アルハッサン
90 FW ルーマニア アレクサンドル・ストヤン
93 FW セネガル ママドゥ・ティアム
98 MF ルーマニア ダヴィド・ポパ
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歴代監督

歴代所属選手

脚注

外部リンク

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