UCサンプドリア

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ウニオーネ・カルチョ・サンプドリアイタリア語: Unione Calcio Sampdoria)は、イタリアリグーリア州ジェノヴァをホームタウンとするプロサッカークラブ。愛称は「ブルチェルキアーティ(I Blucerchiati、青い円)」、「サンプ(La Samp)」、「ドリア(Il Doria)」。

原語表記 Unione Calcio Sampdoria
愛称 I Blucerchiati (青い円)
La Samp
Il Doria
クラブカラー    
   
創設年 1946年
概要 原語表記, 愛称 ...
UCサンプドリア
原語表記 Unione Calcio Sampdoria
愛称 I Blucerchiati (青い円)
La Samp
Il Doria
クラブカラー    
   
創設年 1946年
所属リーグ セリエB
所属ディビジョン 2部(2024-25
昨季リーグ順位 17位(2024-25
ホームタウン リグーリア州 ジェノヴァ
ホームスタジアム
スタディオ・ルイジ・フェッラーリス
収容人数 41,917人
代表者 イタリアの旗 マルコ・ランナ
監督 イタリアの旗 アルベリゴ・エヴァーニ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
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沿革

1946年にサンピエルダレネーゼとアンドレア・ドリアが合併して誕生。

1980年代にはパオロ・マントヴァーニ会長による積極経営の下で、セリエAを代表するチームに成長し、名将ヴヤディン・ボシュコヴの下で、1982年に移籍してきたロベルト・マンチーニと、1984年加入のジャンルカ・ヴィアッリのツートップ、1986年より加入のトニーニョ・セレーゾなどを擁してクラブの黄金期を迎える。1989-90シーズン、初のヨーロッパの舞台でのタイトルとなる、UEFAカップウィナーズカップ優勝。1990-91シーズンには初のセリエA優勝を果たし、1991-92シーズンにはUEFAチャンピオンズカップ決勝に進出、バルセロナと互角に戦ったが延長戦の末に敗れた。

1992-93シーズン開幕前ににヴィアッリがユベントスへ移籍、スヴェン=ゴラン・エリクソンが新監督に就任した。1993-94シーズンにはルート・フリットデビッド・プラットアルベリゴ・エヴァーニら新戦力が活躍、旧戦力との融合で一時首位に立つなどセリエA優勝争いを演じたが、3位に終わった。一方のコッパ・イタリアでは優勝を果たした。1994-95シーズン終了後に長年チームを支えたピエトロ・ヴィエルコウッドが移籍した。

1996-97シーズン、新加入のヴィンチェンツォ・モンテッラフアン・セバスティアン・ベロン、マンチーニらの活躍もあって一時は優勝争いを演じるが、UEFAカップ出場権に終わった。シーズン終了後には15年間プレーしたクラブの顔とも言えるマンチーニが移籍、エリクソンも退任した。1998-99シーズン、アリエル・オルテガが加入したが、 セリエBに降格。

2003-04シーズンにはセリエAに復帰し、安定した経営により中堅クラブとして地位を確立していたが、2010-11シーズンはリカルド・ガッローネ会長がアントニオ・カッサーノと喧嘩となり、冬の移籍でカッサーノがミランに移籍し、ジャンパオロ・パッツィーニもインテルに移籍したこともあり、決定力不足が顕著に表れて18位となり8シーズンぶりにセリエBへの降格となった[1]。2011-12シーズンは6位になり、プレーオフでASヴァレーゼ1910に勝利してセリエA復帰を決めた。

2021年12月6日、マッシモ・フェッレーロ会長が経営面で関わっていた企業の詐欺破産、企業犯罪がカラブリア州のパオラ地検の捜査により、明らかにされ、同日に身柄を拘束された。事件発覚後、フェッレーロ会長は辞任を表明し、クラブの首脳陣はクラブ経営権の譲渡を決めた[2]

2023年、賃金未払いなどの問題も表面化したうえに、シーズンを通して降格圏から抜け出せず4試合を残した状態で2010-11シーズン以来の12年ぶりとなるセリエB降格となった[3]

2024-25シーズンは3度の監督交代が起きる[4][5]などシーズンを通して苦しい戦いが続き、セリエB18位に終わりクラブ史上初のセリエCに自動降格となるはずであった[4][6]。後日15位ブレシアの勝点剥奪で17位に繰り上がり[7]、16位サレルニターナとの残留プレーオフを勝ち上がって降格を免れている[8]

2025-26シーズンは、開幕前の夏にマッシモ・ドナーティが監督に就任したが、昨季からの悪い流れを引きずるように開幕から苦戦が続き[9]、10月18日にはドナーティの解任が発表された[10]

補足備考

2003-04シーズンには日本の柳沢敦、2020年1月からは吉田麻也が所属していた。

同じくジェノヴァを本拠地とする古豪ジェノアCFCとはライバル関係にあり、両クラブの対戦はデルビー・デッラ・ランテルナ(灯台ダービー)と呼ばれる。

タイトル

国内タイトル

国際タイトル

ユース

過去の成績

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シーズン リーグ戦 コッパ・イタリア
ディビジョン順位
1946-47 セリエA 381481656523611位
1947-48 3813101768633614位
1948-49 38169137463415位
1949-50 381371862703313位
1950-51 381291751763312位
1951-52 38169134840417位
1952-53 349131237433112位
1953-54 341112113840348位
1954-55 341112115444349位
1955-56 341211115154357位
1956-57 341211115956357位
1957-58 349121354623014位準々決勝敗退
1958-59 34158115044385位ベスト16
1959-60 341113104146358位ベスト16
1960-61 34177105451414位準々決勝敗退
1961-62 349121332403010位2回戦敗退
1962-63 341181541503011位準々決勝敗退
1963-64 341071738502715位2回戦敗退
1964-65 349111419302914位2回戦敗退
1965-66 34991627472716位1回戦敗退
1966-67 セリエB 38201444719541位3回戦敗退
1967-68 セリエA 30615927342710位1回戦敗退
1968-69 305131221272312位GS敗退
1969-70 306121222372413位GS敗退
1970-71 306131130342512位GS敗退
1971-72 30812102328289位GS敗退
1972-73 305141116252412位GS敗退
1973-74 305131227342013位GS敗退
1974-75 304161021352413位GS敗退
1975-76 30881421322412位2回戦敗退
1976-77 306121228422414位GS敗退
1977-78 セリエB 381214124137388位GS敗退
1978-79 38918113739369位GS敗退
1979-80 38102173327417位GS敗退
1980-81 38112163933435位GS敗退
1981-81 38171384125473位準決勝敗退
1982-83 セリエA 3081573130317位GS敗退
1983-84 30128103630327位準々決勝敗退
1984-85 30121353621374位優勝
1985-86 308111127252711位準優勝
1986-87 3013983721356位1回戦敗退
1987-88 30131164130374位優勝
1988-89 34141194325395位優勝
1989-90 34161174626435位3回戦敗退
1990-91 34201135724511位準優勝
1991-92 34111673831386位準決勝敗退
1992-93 341212105048367位2回戦敗退
1993-94 3418886439443位優勝
1994-95 341311105137508位3回戦敗退
1995-96 341410105947528位ベスト16
1996-97 34141196046536位2回戦敗退
1997-98 34139125255489位ベスト16
1998-99 349101538553716位ベスト16
1999-00 セリエB 381711104540625位2回戦敗退
2000-01 38161666038645位ベスト16
2001-02 3812121442464811位ベスト16
2002-03 38171655331671位ベスト16
2003-04 セリエA341113104042468位ベスト16
2004-05 381710114229615位準々決勝敗退
2005-06 3810111747514112位準々決勝敗退
2006-07 381310154448499位準決勝敗退
2007-08 38179125646606位準々決勝敗退
2008-09 3811131449524613位準優勝
2009-10 38191094941674位4回戦敗退
2010-11 388121833493618位準々決勝敗退
2011-12 セリエB 42171695334676位3回戦敗退
2012-13 セリエA 3811101743514214位3回戦敗退
2013-14 381291748624512位ベスト16
2014-15 38131784842567位ベスト16
2015-16 3810101848614015位ベスト16
2016-17 3812121449554810位ベスト16
2017-18 381661656605410位ベスト16
2018-19 38158156051539位ベスト16
2019-20 381262048654215位4回戦敗退
2020-21 38157165254529位4回戦敗退
2021-22 381062246633615位ベスト16
2022-23 383102524711920位ベスト16
2023-24 セリエB 38
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欧州の成績

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歴代会長

  • パオロ・マントヴァーニ(1930-1993)

ローマ出身。サンプドリア黄金期を創出した会長。サンプドリアにおけるこの会長の功績は絶大であり、2021年現在でもパオロの誕生日には肖像画弾幕がホームのマラッシに掲げられる。1979年に自身が所有する船舶の一部を売却し、セリエBに低迷していたサンプドリアを買収。1982年にセリエA昇格を成し遂げ、ボローニャより40億リラでロベルト・マンチーニを獲得。1984年には当時代表でもコンビを組んでいたジャンルカ・ヴィアッリを30億リラでクレモネーゼより獲得。その後も積極的にクラブへ投資し、トニーニョ・セレーゾジャンルカ・パリュウカアッティリオ・ロンバルドなど優秀な選手を集める事に成功。特にマンチーニとヴィアッリはじめとする攻撃陣はセリエA随一といわれ、1980年度後半から1990年は数々のタイトルを奪取した。そして1990-91のスクデットを頂点とする「サンプ・ドーロ」と呼ばれる黄金期を創出した。1993年、持病の心臓病が悪化し逝去。葬儀の際にパオロの棺をマンチーニをはじめとするサンプの選手達が運んだ映像はジェノヴァ市民のみならず多くの人の涙を誘った。

  • エンリコ・マントヴァーニ(1993-2002)

パオロ・マントヴァーニの息子。パオロの死後、会長に就任。在任中はシニシャ・ミハイロヴィチクラレンス・セードルフクリスティアン・カランブーフアン・セバスティアン・ベロンなど、優秀な選手を集めたもののクラブの財政状況の悪化から長く引き留めることはできなかった。父パオロとは異なりクラブの財政悪化により財政優先のクラブ経営を優先させたため、優秀な選手は集めるもののチーム強化には至らなかった。更にチームの象徴であるマンチーニとのマントヴァーニ一族との確執も表面化。96-97シーズンを最後にマンチーニは、監督であったスヴェン=ゴラン・エリクソンとともにラツィオへ去った。翌シーズン後もアリエル・オルテガヴィンチェンツォ・モンテッラなど優秀な選手を要したものの、チームとしてはうまく機能しなかった。更に監督の解任・再任騒動などフロントの対応の不手際も露呈し、最終節を待たずにセリエBに陥落した。そして3年後の2002年にクラブは深刻な経営危機に陥り、マントヴァーニ一族はクラブの経営から手を引いた。

ガッローネは石油精製業を経営するイタリア有数の大富豪であり、2002年財政破綻寸前のサンプドリアをマントヴァーニ一族より買収した。チームをセリエC1降格の危機より救い、ジュゼッペ・マロッタをGMに招聘、小規模予算ながら堅実かつ強力なチームづくりに成功した。2002-03シーズンにはワルテル・ノヴェッリーノ監督の下でセリエA昇格を果たした。2009-10シーズンはルイジ・デルネーリ監督の下、ジャンパオロ・パッツィーニ、前任者ワルテル・マッツァーリ監督の下で再生を果たしたアントニオ・カッサーノの2トップが機能し、4位という大躍進を遂げ、UEFAチャンピオンズリーグ 2010-11のプレーオフからの出場権を獲得した。2010-11シーズンにはセリエB降格を経験し、2011-12シーズンは苦しみながらも途中就任したジュゼッペ・イアキーニ監督の下でプレーオフを経て、セリエA昇格を果たした。しかし晩年は、デルネーリ退任以降は相次ぐ監督解任と2012-13シーズンには昇格の功労者イアキーニを切り、インテルを率いた経験を持つラファエル・ベニテス招聘を検討するなど、一貫性のないチーム作りが露呈しまう結果となった。2013年1月21日、癌により76歳で死去。

  • マッシモ・フェッレーロ(2014-2021)

元サンプドリアの選手でサンプドリア黄金期のメンバーの一人である[11]

現所属メンバー

セリエB 2025-26シーズン 第24節 パレルモ戦のスターティングメンバー(3-4-2-1

ブルノーリ
# 99
ピエリーニ
# 77
ベギッチ
# 11
ベッローニ
# 7
チッコーニ
# 16
コンティ
# 33
ディ・パルド
# 29
2026年2月2日現在[12]

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

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No. Pos. 選手名
1 GK イタリア シモーネ・ギドッティ
2 DF イタリア マッティア・ヴィーティ
4 MF フランス ジョルダン・フェッリ
5 DF イタリア アレッサンドロ・ピオ・リッチョ
7 MF イタリア マヌエル・チッコーニ
8 MF イタリア マッテオ・リッチ
9 FW イタリア マッシモ・コーダ
10 FW イタリア ルイジ・ケルビーニ
11 FW スロベニア チャシュ・ベギッチ
13 DF ドイツ マッテオ・パルマ ()
16 MF スコットランド リアム・ヘンダーソン
17 DF ボスニア・ヘルツェゴビナ デニス・ハジカドゥニッチ ()
18 DF イタリア ロレンツォ・ヴェヌーティ
20 FW イタリア シモーネ・パフンディ
21 DF イタリア シモーネ・ジョルダーノ
23 DF イタリア ファビオ・デパーオリ
25 DF イタリア アレックス・フェラーリ キャプテン
No. Pos. 選手名
28 MF デンマーク オリヴァー・アビルゴー
29 DF イタリア アレッサンドロ・ディ・パルド
30 GK イタリア ニコラ・ラヴァーリア
31 DF クロアチア スティペ・ヴリキッチ
33 MF イタリア フランチェスコ・コンティ
34 MF イタリア トンマーゾ・カザリーノ
37 DF イタリア アレッシオ・パパセルジョ
38 DF イタリア カリーム・ディオプ
39 DF イタリア ロレンツォ・マランカ
50 GK イタリア トンマーゾ・マルティネッリ
72 MF チェコ アントニン・バラーク
77 FW イタリア ニコラス・ピエリーニ
92 FW イタリア エドアルド・ソレーリ
94 MF イタリア サルヴァトーレ・エスポージト
98 GK ベルギー ガエタン・クック
99 FW イタリア マッテオ・ブルノーリ ()
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※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

監督
  • イタリアの旗 アンジェロ・グレグッチ

ローン移籍選手

in 注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

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No. Pos. 選手名
2 DF イタリア マッティア・ヴィーティ (ニース)
7 MF イタリア マヌエル・チッコーニ (カッラレーゼ)
10 FW イタリア ルイジ・ケルビーニ (ASローマ)
11 FW スロベニア チャシュ・ベギッチ (パルマ)
13 DF ドイツ マッテオ・パルマ (ウディネーゼ)
17 DF ボスニア・ヘルツェゴビナ デニス・ハジカドゥニッチ (ロストフ)
20 FW イタリア シモーネ・パフンディ (ウディネーゼ)
No. Pos. 選手名
50 GK イタリア トンマーゾ・マルティネッリ (フィオレンティーナ)
72 MF チェコ アントニン・バラーク (フィオレンティーナ)
77 FW イタリア ニコラス・ピエリーニ (サッスオーロ)
94 MF イタリア サルヴァトーレ・エスポージト (スペツィア)
92 FW イタリア エドアルド・ソレーリ (スペツィア)
99 FW イタリア マッテオ・ブルノーリ (パレルモ)
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out 注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

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No. Pos. 選手名
-- GK イタリア エリア・タンタロッキ (カンポバッソ)
-- GK イタリア ニコラス・スカルディーニョ (ヴィルトゥス・ヴェローナ)
-- DF ルーマニア アンドレイ・クビシュ (ウニヴェルシタテア・クルジュ)
-- MF イタリア ステファノ・ジレッリ (カゼルターナ)
-- MF イタリア アレッサンドロ・ベッレモ (スペツィア)
-- FW イタリア アントニーノ・ラ・グミーナ (インテル・ミラノ U-23)
-- FW スペイン ビクトル・ナッロ (レアル・ムルシア)
No. Pos. 選手名
-- FW スペイン エスタニス・ペドロラ (ラス・パルマス)
-- FW イタリア ルカ・ポッリ (オベルマイス)
-- FW イタリア ジェンナーロ・トゥティーノ (アヴェッリーノ)
-- FW イタリア ニコラ・セクロフ (カッラレーゼ)
-- FW イタリア ジュゼッペ・フォルテ (ASローマ・プリマヴェーラ)
-- FW イタリア ロレンツォ・パラティチ (ASローマ・プリマヴェーラ)
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歴代監督

歴代所属選手

GK

DF

MF

FW

脚注

外部リンク

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