I-320 (航空機)

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I-320 «R» / И-320 «Р»

I-320 «R-2»

I-320 «R-2»

I-320 (ロシア語:И-320) または«R» («Р») は、ソビエト連邦ミコヤン・グレヴィッチ設計局が試作した戦闘機である。アメリカ合衆国国防総省(DoD)が割り当てたTypeナンバーType 18[1]。レーダーを搭載した全天候戦闘機として開発されたが、不採用に終わった。

1947年10月、アメリカの新型爆撃機であるXB-47が初飛行した。対峙するソビエト連邦(ソ連)には当時、夜間の戦闘が可能な迎撃機がなく、アメリカの戦略爆撃機に対抗するための機体開発に迫られていた[2]

1948年1月、ソ連当局は各設計局に対し、レーダーを搭載した全天候戦闘機の開発指示を出した[3]。これに対し、ミコヤン・グレヴィッチ設計局(以下、ミグ設計局)は双発複座の製品«R»(後のI-320)、ラヴォーチキン設計局も同じく双発複座の製品«200»(別名La-200)、スホーイ設計局は双発単座の製品«P»(後の初代Su-15)、ヤコヴレフ設計局は単発単座のYak-50を提示した[4][5]

レーダーはA.B.スレプシュキンロシア語版が開発した「トリイ(Торий)」レーダーが採用されたが、このレーダーには自動追尾機能がなかったため、ミグ設計局とラヴォーチキン設計局は専任のレーダー手を同乗させる必要があると判断し、並列複座機とした[4](実際、Yak-50に刺激されてミグ設計局はMiG-15を改造した単座のSP-1も並行して開発したが、機体操縦とレーダー操作を兼任させることの難しさが浮き彫りとなった[5])。左席が機体操縦、右席がレーダー操作を担当したが、レーダー・スコープは両席に装備され、長時間飛行時に搭乗員が操作を交替できるようにしている[3][6]

レーダーの搭載と複座化による機体の大型化、重量化は避けられず、それを補うためにエンジンを双発としたが、大径なクリーモフ RD-45遠心式ジェットエンジン(ロールス・ロイス ニーンのコピー)の空気抵抗を少しでも低減させるために、胴体の前部と後部にエンジンをタンデム配置する特殊な配置形態を採用した[3][2](この配置構成は双発機を選択したLa-200やSu-15も同様だった[5])。機首のエアインテークは3分割構造で、中央1ヶ所が胴体前部、左右2ヶ所が後部のエンジンに空気を供給する[4]。排気口(ノズル)は胴体中央下面と尾部の2ヶ所あり、前者が前部エンジン、後者が後部エンジンのものだった[5]

機体構成自体はMiG-15に類似した後退角35度の後退翼機である[4]。武装はN-37 37 mm機関砲2門(弾数各50発、後に60発に拡充)[7]。要求仕様では迎撃任務以外は考慮されておらず、主翼下に増槽以外を搭載する余地はなかった[3]

ミグ設計局は2機の試作機の製造を行い、それぞれ«R-1»、«R-2»と呼称した。航空産業省英語版(NKAP)はこの試作機に対し、I-320の名称を与えた[8]。最初に完成した«R-1»は1949年4月16日に初飛行した[6](レーダーはまだ未完成で、機首のレドームに「トリイ」レーダーは搭載されていなかった[3])。搭乗したのはヤーコフ・ヴェルニコフ英語版アメト=ハン・スルタンで、操縦性は概ね良好だったが、速度930-940 km/h付近で発生するウィングドロップやマッハ0.895付近でのロール方向の不安定性など、MiG-15でも起きた問題が再発した[8]

2号機の«R-2»は1949年11月に完成した。同機は«R-1»と比べて以下の相違点があった[9]

  • エンジンをRD-45からVK-1に換装
  • 「トリイ-A」レーダーの実装
  • 主翼にスリッパ型の増槽(750 L)を標準装備
  • 機首右側にN-37 37 mm機関砲を1門増設して計3門に変更
  • キャノピーの大型化による視界改善
  • エアブレーキの補強材を追加して強化
  • 防氷装置の追加

«R-2»は1949年12月に初飛行した[4]。試験は100回ほど行われ、機首のレーダーが改良型の「コーショーン(Коршун)」に換装されるなど変更が行われたが、1950年3月13日の射撃試験で機関砲が暴発し、機首を損傷した[10]。その修理中、ロール方向の不安定性改善のため、主翼下半角を3度から1.5度に変更するなどの再改修が施され、機体は«R-3»に改称された。«R-3»は1950年3月31日に飛行を再開した[4]

試験は1951年4月頃まで行われたが、この頃には直径の小さな軸流式エンジンの開発の目途もつき、オーソドックスなエンジン配置での機体開発も容易になっていた[6][11]。全天候戦闘機の競作は結局、不採用となったYak-50の主翼を流用したYak-120(後のYak-25)が採用されたため、本機が量産されることはなかった[12][6]

試験終了後、I-320は同じく不採用となったLa-200とともに各種レーダー(「トリイ」「ソーコル(Сокол)」、「イズムルード(Изумруд)」など)の試験機として利用された[11]

スペック

出典:「MiG Aircraft Since 1937」78-79頁[9]

I-320 «R-1» I-320 «R-2»
全長 15.775 m 15.775 m
全幅 14.2 m 14.2 m
翼面積 41.2 m2 41.2 m2
自重 7,367 kg 7,827 kg
全備重量 10,265 kg 10,725 kg
最大速度 1,040 km/h (海面高度)
994 km/h (高度10,000 m)
1,090 km/h (高度1,000 m)
1,060 km/h (高度10,000 m)
実用上昇限度 15,000 m 15,500 m
航続距離 1,205 km 1,205 km
エンジン クリーモフ RD-45F
遠心式ターボジェットエンジン ×2
クリーモフ VK-1
遠心式ターボジェットエンジン ×2

脚注

参考文献

関連項目

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