イータカリーナ星雲
りゅうこつ座方向にある散光星雲
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イータカリーナ星雲[6][注 1](イータカリーナせいうん、ηカリーナ星雲、Carina Nebula、Eta Carinae Nebula)は、いくつかの散開星団に囲まれた大きく明るい星雲である。りゅうこつ座η星とHD 93129Aという、銀河系で最大級の重さと光度を持つ恒星の2つがこの星雲の中にある。地球からは7,500光年離れていると推定されている。イータカリーナ星雲は、りゅうこつ座の中に見え、いて・りゅうこつ腕の中に位置する。この星雲には、いくつかのO型星が含まれる。
空に見える散光星雲としては最も大きいものの1つである。有名なオリオン星雲よりも4倍も大きく明るいが、南半球の高緯度地方でしか見られないため、それほど知られていない(北半球の北緯13度からも全景が撮影可能。南半球から主に見る星雲としては有名な星雲)。1751年から1752年に喜望峰でニコラ・ルイ・ド・ラカーユによって発見された。
大きな明るい星雲の中、りゅうこつ座η星のすぐ周囲により小さな星雲があり、人形星雲[7]として知られている。これは、1841年にりゅうこつ座η星が大きな擬似的超新星爆発を起こしてできたものだと考えられている。これにより、りゅうこつ座η星は、一時的に全天で2番目に明るい恒星となった。
観測史
1752年1月25日、ラカーユによって発見された。ラカーユは、1751年から1752年にかけて喜望峰で南天の観測を行っており、その際に発見した。1755年、彼は発見した星雲を Lac III.5 と Lac III.6 としてカタログに収録した。Lac III.6 について「周囲に淡い星雲状の広がりを伴う、直径約15 - 20分角の半円をなす小さな星の大集団である。」と記した[8]。なお、星雲に含まれる恒星のいくつかはそれ以前に個別に発見されている。
19世紀に入ると、星雲を構成する個々の天体の観測が進展した。1826年3月30日には、イギリスの天文学者ジェームズ・ダンロップによってオーストラリアのパラマタで観測された[9]。彼は自身の観測結果を「η星は明るい3等星で、多数の小さな星と淡く広がる星雲に囲まれている。オリオン座にある星雲と性質は似ているが、それほど明るくはない。(中略) η星の周囲約1分角の範囲には、12個ないし14個の極めて微細な星を数えることができる。南側の星雲の明るさは一様ではなく、星雲の各部分は完全に分離して見える。(中略) この領域のみならず、チャールズのかしのき座全域にわたって星雲状の広がりが認められる。」とまとめた[10]。同年5月には、星雲の端にあり、後にNGC 3324として知られるようになった星形成領域を発見した[11]。1834年3月14日には、ジョン・ハーシェルによって観測された。彼は、ラカーユと同じく喜望峰で南天の観測を行っており、その際に観測した[9]。ハーシェルは、自身が観測した星雲を「これほど多くの興味深い要素を併せ持つ天体は、他に類を見ないかもしれない。ケンタウルス座とアルゴ座の間に位置する天の川において、隣接する暗い領域 (コールサック) と奇妙な対比をなす星々が密集した輝かしい領域の中に位置する。」とした[12]。また、星雲の中心部、η星の近くにレムニスケート状の楕円形の空洞が見られると記した[12]。この構造は、1864年に出版されたジェネラルカタログでも楕円形の空洞として言及されており[13]、現在では鍵穴星雲という名称で知られる暗黒星雲の初期の観測記録にあたるとみられている。
彼は、η星の明るさが増していることにも気づき、その光度変化を詳細に記録した。1834年に初めて観測した際には、明るい2等星であった。1837年の終わり頃まで明るさに変化は見られなかったが、1837年12月には1等星のリゲルをも凌ぐようになった。彼は急激な増光を目の当たりにして「(前略) これほど明るい天体は見たことがない。全く予想外の現象であったため一瞬躊躇ったものの、位置関係からすぐにその天体がη星であると確信した。その明るさは (前回観測した時と比較して) ほぼ3倍であった。」と記した。その後も増光を続け、1838年1月にはケンタウルス座α星に並ぶ明るさとなったが、1月以降は減光に転じた。その後は増減光を繰り返し、1843年にはカノープスを超えるほどにまで明るくなった[12] (りゅうこつ座イータ星#光度変化も参照)。この増光現象は、1835年から始まり[注 2]1843年にピークを迎えた、上述した恒星の "爆発" によるものとみられている[14]。この爆発により「人形星雲」として知られる星雲が誕生したが、実際に発見されたのは1944年になってからである[9]。
ラカーユが発見し、多くの天文学者によって観測された星雲はNGC 3372としてニュージェネラルカタログに加えられた。1930年には、トランプラー・カタログが発表され、りゅうこつ座η星など既に知られていた恒星の集まりが、散開星団のトランプラー14・15・16として再編された[15]。翌年にはコリンダーカタログが発表され、トランプラー・カタログには記載されていない散開星団にもカタログ番号が付与された[16]。
イータカリーナ星雲にある天体
りゅうこつ座η星

りゅうこつ座η星は、非常に大きな光度を持つ極超巨星である。その質量は太陽質量の100倍から150倍、光度は太陽の400万倍と推定されている。
この天体は現在、詳細が調査された恒星の中で最も大きな質量を持つ。より光度が大きくより重いと思われる恒星もいくつか知られているが、そのデータはまだ確実なものではない。太陽の80倍以上の質量を持つ恒星は、太陽の100万倍以上の光を発する。そのような恒星は、銀河系程度の規模の銀河の中でも数十個と非常に少ない。エディントン限界に近づいており、即ち、外側への放射圧が内側への重力とほぼ同じ強さになっている。太陽質量の120倍を超えると、理論的にはエディントン限界を超え、その重力が恒星のガスを引きとどめておくことができなくなり、近い将来に超新星か極超新星となる。
りゅうこつ座η星がイータカリーナ星雲に及ぼす効果は直接観測することが可能である。上図の暗いボック・グロビュールやその他の天体は、重い恒星の方から尾を引いているように見える。星雲全体の形も、1840年代の大爆発以前とは明らかに変わっている。りゅうこつ座η星の周りは塵に囲まれ、紫外線の量は劇的に減っている。
人形星雲

りゅうこつ座η星を取り巻く星雲は人形星雲として知られている。1950年代に観測された際に、星雲が人型に見えたことから、ラテン語で「小さい人」を意味するホムンクルスにちなみ「ホムンクルス星雲」とも呼ばれる。
星雲は、衝撃波により電離・励起されたガスを含む小さなHII領域である[17]。また、星雲中の塵は、中心に位置するりゅうこつ座η星とその伴星からの放射の大部分を吸収し、赤外線として再放射している。そのため、中間赤外線の波長域では全天で最も明るい天体の1つである[18]。2つのローブを持ち、その最大半径は約22,000 au (約0.348光年) である。星雲の軸は視線方向に対して41°、すなわち天球面に対して49°傾いているため、地球からは、この星雲を側面から見るよりもやや軸方向に近い方向から見ていることになる[19]。
鍵穴星雲

イータカリーナ星雲の一部は、鍵穴星雲[20]として知られている。鍵穴星雲は、冷たい塵やガスから構成される分子雲 (暗黒星雲) であり、明るく熱いフィラメントや蛍光を発するガス等も含まれ、より明るい星雲を背景に鍵穴状のシルエットとして浮かび上がっている。鍵穴部分の直径は約7光年である。ジョン・ハーシェルによって観測され、空洞構造として認知されるようになったが、1873年に、著名な天文ライターの Emma Converse が、Appleton's Journal の中で星雲の形状を鍵穴に例えて[21]以降は、鍵穴星雲と呼ばれるようになった。「鍵穴」という語は鍵穴星雲自体を指す語として、もしくはイータカリーナ星雲全体を指す語(その場合、鍵穴を有する星雲)として、一般的に使用されるようになった[22][23]。
りゅうこつ座η星の電磁放射は時間とともに変化しており、その影響から、この星雲の外観は、初めて観測されて以降、現在に至るまで大幅に変化してきたと考えられている[24]。鍵穴星雲はニュージェネラルカタログに記載されていない。しばしば誤ってNGC 3324と呼称される場合もあるが[注 3]、この番号はむしろイータカリーナ星雲の北西に位置する反射星雲と輝線星雲、および星団の複合体(星形成領域)に割り当てられたものである[25][26][27]。
Defiant Finger

鍵穴星雲のすぐ近くに位置する小さなボック・グロビュールである。ハッブル宇宙望遠鏡によって撮影され、中指を立てたジェスチャーに似た形状が明らかになったことで、非公式にりゅうこつ座の反抗する指 (Carina Defiant Finger) [注 4]と呼ばれるようになった[28]。同時に神の指 (Finger of God) という名称でも知られ、ハッブルが撮影した画像からは、グロビュールの縁から光が放射されているように見える。この放射は、グロビュール南端の指状に伸びた部分で顕著である。
このグロビュールを構成するガスは、明るいウォルフ・ライエ星とO型星から成る三重連星のWR 25 (HD 93162) か、明るい青色超巨星の Trumpler 16-244、あるいはその両方の影響により電離していると考えられている。少なくとも 6 M☉ の質量を持ち、内部で星形成が起きている可能性がある。強烈な放射を受けている他の星間雲と同様に、グロビュールは最終的に光蒸発により完全に散逸すると考えられている。蒸発に要する時間は20万年から100万年と推定されている[29]。
ミスティック・マウンテン


「ミスティック・マウンテン」[30]は、ハッブル宇宙望遠鏡の20周年の記念として、2010年2月1日から2日に撮影された画像であり、イータカリーナ星雲の中に柱状の塵とガスが写っている。柱の高さは3光年になり、柱の中にある原始恒星はガスのジェットを発し、その流れが頂きにまで上っている。
原始星から放たれた電磁波や恒星風が、ガスと塵から成る柱状構造を形成・圧縮し、新しい星形成を誘発している。柱状構造の稜線からは高温の電離ガスが流れ出ており、また、恒星の光によって照らされた薄い塵が頂上付近に広がっている。ハッブルが撮影した画像では、酸素の分布が青色、水素と窒素の分布が緑色、硫黄の分布が黄色で示されている[31]。ミスティック・マウンテンは、散開星団のトランプラー14に属する大質量星の影響により、今後1万年から10万年で散逸すると予測されている[32]。
HH 901とHH 902は、ミスティック・マウンテンの峰の部分に存在する双極性のジェットである。HHは、ハービッグ・ハロー天体 (Herbig-Haro object) の略称であり、これは、原始星から双極方向に放出されたジェットが周囲のガスと衝突することで励起され、発光するようになった天体である。HH 901は、先端に明瞭な弧状衝撃波を伴っている。また、HH 901とHH 902の軸は、柱状構造に対して垂直である。トランプラー14とは約1.5′、トランプラー16とは約7′ 離れている。HH 901の全長は約0.587光年であり、ジェットは、ほぼ平行に並んだHα線を放つ塊状構造の連なりから成る。HH 902の全長は約1.370光年である[32]。
トランプラー16

トランプラー16 (Collinder 233、Collinder 234の一部) は、りゅうこつ座η星など複数の大質量星を含む大規模な散開星団である。トランプラー14やトランプラー15、Collinder 228、その他の散開星団とともに、数百個のOB型星(大質量星)が属するりゅうこつ座OB1アソシエーションを構成する。このアソシエーションは約650光年にわたって広がっており、大部分の領域はイータカリーナ星雲と一致する[33]。
りゅうこつ座η星以外に、WR 25 (HD 93162) や、HD 93204、HD 93205、HD 93250などが含まれる。WR 25は、1つのウォルフ・ライエ星と2つのO型星(スペクトル型はO5とO7)から成る三重連星である。主星のウォルフ・ライエ星の光度は太陽の約162万倍[注 5]、質量は太陽の約62倍に上るとみられている[34]。また、HD 93205は2つのO型星から成る連星であり、主星の質量は太陽の40 - 60倍と推定されている[35]。HD 93250はO型星である。近年、連星であることが明らかになった。りゅうこつ座η星から約7.5′ 離れており[36]、よりコンパクトにまとまった星団のトランプラー14に近い位置にあるが、広く疎らに分布するトランプラー16のメンバーであると考えられている[37]。
トランプラー14
トランプラー14 (Collinder 230) は、HD 93129など複数の大質量星を含む散開星団である。HD 93129は、3つのO型星(スペクトル型はO2、O3.5、O3.5)から成る三重連星である[38][39]。りゅうこつ座η星やW 25と並び銀河系で最も光度が大きい恒星の1つであり、主星の光度は太陽の約148万倍、質量は太陽の約110倍である。りゅうこつ座OB1アソシエーションを構成する主要な散開星団の1つではあるが、近傍に位置するトランプラー16と比較すると星団の規模は小さい[18]。

トランプラー15
トランプラー15 (Collinder 231) は、イータカリーナ星雲の中心からやや離れた位置にある散開星団である。初期の研究では、この星団までの距離は統一されていなかったが、ガイア衛星による距離測定から、りゅうこつ座OB1アソシエーションを構成する他の散開星団と同程度の距離に位置することが明らかになった[3][40]。
Collinder 228
トランプラー15と同様に、やや離れた位置にある散開星団である。星団に属する恒星の1つ、りゅうこつ座QZ星 (HD 93296) は複雑な星系を成しており、複数の観測から九重連星である可能性が指摘されている。連星を成す Aa星 と Ac星 はそれぞれが分光連星と食連星であり、Aa1星、Aa2星、Ac1星、Ac2星の四重連星を形成する。その他に、Ab星、Ad星、B星、C星を伴うと推定されている[41]。
宝箱

「宝箱」[42]または G287.84-0.82 は、彗星状グロビュール (Cometary globules) と呼ばれる天体の1つである[43][44][45]。この天体は、ボック・グロビュールの一種であり、物質の剥ぎ取りに由来する彗星の尾に似た構造を持つ。一部の星雲状の天体については1950年代から認識されていたが、より広範囲に広がるグロビュールの存在は、2000年に赤外線放射をもとに特定された[44]。2026年に公開されたジェームズ・ウェッブ宇宙による画像では、蓋の開いた宝箱の姿が鮮明に映し出されている。イータカリーナ星雲南東部の「South Pillars」と呼ばれる領域で最も明るい星雲の1つであり[44]、りゅうこつ座η星からは、見かけ上約39光年離れている[43]。
若い恒星から成るコンパクトな星団がグロビュールの頭部に存在する[45]。ESAが宝箱星団 (Treasure Chest's cluster) と呼ぶこの星団の年齢は約130万年であり、太陽の約19倍の質量を持つO型星など約70個の恒星を含む。個々の恒星は星間塵に包まれており、その大部分に星周円盤が付随する証拠が見つかっている[43]。星団の年齢やO型星の存在、赤外線光度の高さは、宝箱内で大規模な星形成が起きていることを示唆している[44]。
主にトランプラー16に属する大質量星からの電磁放射や恒星風が、宝箱のような外観の形成に寄与したと考えられている。また、星団によって内側からも侵食されており、時間とともにグロビュールが散逸することで、埋もれた星団が姿を見せると予測されている[43]。
NGC 3324

イータカリーナ星雲の北西端に位置する、散開星団とその周囲に広がる輝線星雲 、反射星雲を含む星形成領域はNGC 3324として知られている[46][11][注 6]。星団は、2つのO型星から成る連星のCD-57 3378や、複数のO型星から成る多重連星のHD 92206、原始星、前主系列星など若い恒星を含む。NGC 3324の方向に見えるスペクトル型A0の超巨星HD 92207は、ひと際明るい恒星であるが、この星団には属していないと考えられている[11][47]。星雲の形状がチリの詩人で教育者のガブリエラ・ミストラルの横顔に似ていることから、ガブリエラ・ミストラル星雲とも呼ばれる[48]。
2022年には、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測対象となった。公開された赤外線画像の1つは、山脈と渓谷が入り組んだかのような様相を呈するガスと塵から成る領域と、泡状の空洞領域に焦点を当てている。2つの領域の境目は「宇宙の断崖」と呼ばれており、星団に属する恒星から放たれた電磁波や恒星風によりガスが電離し、散逸していく最前線であるとみられている。
ギャラリー
- イータカリーナ星雲の全容。可視光ではV字の厚いダストレーンが特徴的である。
- イータカリーナ星雲。オレンジ色は冷たい塵の雲[49]。
- ラ・シヤ天文台にあるMPG/ESO 2.2 m望遠鏡が撮影した鍵穴星雲 (画像中央やや下に位置する鍵穴状の暗黒星雲)。
- VLTサーベイ望遠鏡による画像。
- 赤外線で観測したイータカリーナ星雲[50]。
- チャンドラX線観測衛星によるX線画像。
- ウォルフ・ライエ星の WR 22。
- イモムシ (The Catarpillar) の異名を持つボック・グロビュール[51]。
- イータカリーナ星雲内にある R 44 と呼ばれる領域[52]