NNN朝のニュース

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NNNニュース > NNN朝のニュース
ジャンル 報道番組
出演者 メインキャスターを参照
制作 日本テレビNNN
放送国・地域日本の旗 日本
NNN朝のニュース
ジャンル 報道番組
出演者 メインキャスターを参照
製作
制作 日本テレビNNN
放送
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間【月曜日 - 金曜日】
1974年4月1日 - 1977年4月1日
1979年3月5日 - 1992年3月27日
【土曜日・日曜日】
1974年4月6日 - 1996年3月31日
放送時間月曜 - 日曜 6:45 - 7:00
放送枠日本テレビ系列朝ニュース枠
放送分15分

特記事項:
1977年4月から1979年2月までは月曜日 - 金曜日に『おはよう!ニュースワイド』が編成されていたため、週末版のみを放送。
日曜版のみ同時手話通訳放送を実施。
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NNN朝のニュース』(えぬえぬえぬ あさのにゅーす)は、日本テレビNNN)で1974年4月1日から1977年4月1日までと1979年3月5日から1992年3月27日まで(週末版は1974年4月6日から1996年3月31日まで)にかけて放送された朝のニュース番組である。

それまで日本テレビ系列で放送されていた『モーニング7』が、『おはよう!こどもショー』の枠繰り上げに伴って枠が繰り上がったもの。

日曜版では1975年11月16日から、スポンサーの明治生命(現在:明治安田生命)と愛の小鳩事業団(現在:日本テレビ小鳩文化事業団)の協力による同時手話通訳放送が行われており[1]、本篇冒頭でその旨が案内されていた。ただし、当時は気象情報部分には手話通訳は付いていなかった。この手話通訳は『ニュースサンデー』への改題後も続けられている(ただし、明治生命は安田生命との合併を間近に控えていた2003年9月にスポンサーから撤退)。番組中、明治生命のCMは一切挿入されずノーコマーシャルで放送されていた(ただし気象情報に移る前に上記協力者が付記された手話通訳放送フリップが5秒間流れていた)。

1977年4月から1979年2月までは平日に『おはよう!ニュースワイド』が編成されていたため、週末版のみが放送されたが、後番組である『ズームイン!!朝!』には報道部は関与しないため、1979年3月より平日版の放送を再開した。

オープニング映像と本編の間(10秒 - 15秒)、オルゴールのBGMとお天気カメラ映像(主にザ・ホテルヨコハマ[注 1]屋上からの横浜市街の風景。元日はヘリコプターからの中継映像になる事もあった[注 2]。また、『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』放送日にはお天気カメラがメイン会場の日本武道館に向く事が多かった。)をバックとした日付表示とNNNマークが挿入されるのが特徴であった(『おはよう!ニュースワイド』終了後の1979年3月より。当初は前番組から続いてエレクトーンの生演奏で、スポーツニュースや天気予報のBGMにもなっていた)。日曜版以外では、オープニングとこの天カメ映像との間に30秒のCM枠が挿入されていた。

6:52から全国の天気予報が放送されていたが、ここで飛び降りできるようになっていた。また、6:54:55にも飛び降りポイントがあり、ここから天気をローカルのみ差し替えることもできた。

日曜版の本編オープニングでは上記天カメ映像の後、同時手話通訳放送の説明とともに、『おはよう!ニュースワイド』時代からの名残でシンセサイザーの楽曲が流れていた(『ニュースサンデー』への移行後も明治生命のスポンサー降板まで継続)。1984年ごろには挨拶と説明の一部を手話を交えながら行っていたがその後は無くなっている。天気予報の前には改めて「手話通訳放送 協賛:明治生命 協力:愛の小鳩事業団」という静止画を流してから天気予報のタイトル[注 3]と「続いて今日の天気をお伝えします。」[注 4]というアナウンスがあった(『ニュースサンデー』への移行・明治生命のスポンサー降板後も継続)。

1990年4月1日放送分では説明終了後のトップニュースで、ちょうどその日に開局したばかりのテレビ金沢からの開局挨拶が行われた(なお、同日の『昼のニュース』ではニュース開始前に、単に「テレビ金沢が開局いたしました」とコメントしただけで終わっていた)。

平日版は1992年3月27日放送分をもって終了し、4月からは『ジパングあさ6』の内包番組『ニュースジパング』として放送されることになった。以降は再び週末版のみの放送となったが、年末年始に『ジパングあさ6』の放送が休止になる時には本番組が平日にも放送され、女性アナウンサーがシフト制で担当した。

1996年3月31日放送分をもって週末版も終了。土曜版は『ズームイン!!サタデー』に内包される形で『ニュースサタデー』へ、日曜版は『ニュースサンデー』へそれぞれ移行した。

1987年9月頃までアナウンサーのテロップは「◯◯アナウンサー」となっていた。以後は敬称略となった。

テロップは1990年6月頃から他の時間帯のニュースと同じになった(その前は『ライブオンネットワーク』などのテロップを使用していた)。

オープニング・テーマソング

初代(1974.4 - 1982.3)
オープニングテーマは黛敏郎作曲「NNNニュースのテーマ」。
2代目(1982.4 - 1991.9)
まず画面中央部が一瞬光ったあと、たくさんのNが放射状に放たれ、タイトル(背景は群青色)。赤いNNNの真ん中のNが残り、立体的になって回転し、最後は背景の色が暗い青に変わる。オープニングは『昼のニュース』や『日曜夕刊』と共通。ここからそれまでの黛敏郎作曲のテーマ曲に代わり、1982年度までの『JUST NEWS』と同じテーマ曲になる(作曲:三枝成彰)。北日本放送は『KNBニュース NNN』とタイトルを変えていたため、独自のテーマ曲に差し替えられていた。
3代目(1991.10 - 1996.3)
CGで流れるようなタイトル。最初に画面中央部が光り、光がノート状になる→緑色の朝のニュースの文字が出てくる。右から赤色の光と共にNNNが出てきて朝のニュースとなる。提供スポンサーが出るときに朝のニュースの文字が拡大して消える。テーマ曲も変更。

メインキャスター

週7日放送

  • 1982年3月までは、男女のアナウンサーが2人で担当していた。以降は単独で担当。
  • 1987年3月ごろまでキャスターは◯◯アナウンサーとテロップが出ていた(『昼のニュース』『ニューススポット』も同様)。
  • 1988年3月までは、日曜日を除き前夜の『スポーツニュース』の担当者がこの番組も担当した。
  • 1988年4月からは、月曜日 - 金曜日の『スポーツニュース』が『きょうの出来事』に内包されたことに伴ってシフト制になった(1990年3月まで月曜日のみ前日夜に『スポーツニュース』を担当していた多昌博志が担当)。
  • 1990年4月からの月曜日 - 金曜日は、増田隆生小池裕美子が隔週交代で担当していた。
  • 1992年3月までの日曜版だけは一貫して女性アナウンサー(荻原弘子加藤明美大島典子など)が担当していた。

1992年4月以降の週末

ネット局

ネット局における本番組の扱い

脚注

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