Orbital period (アルバム)
BUMP OF CHICKENのアルバム
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『orbital period』(オービタル・ピリオド)は、BUMP OF CHICKENのメジャー3枚目、通算5枚目のアルバム。2007年12月19日にトイズファクトリーから発売された[1]。
| 『orbital period』 | ||||
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| BUMP OF CHICKEN の スタジオ・アルバム | ||||
| リリース | ||||
| 録音 |
2005年 - 2007年 HITOKUCHI-ZAKA STUDIO | |||
| ジャンル |
J-POP ロック | |||
| 時間 | ||||
| レーベル | トイズファクトリー | |||
| プロデュース |
BUMP OF CHICKEN MOR | |||
| 専門評論家によるレビュー | ||||
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Allmusic | ||||
| チャート最高順位 | ||||
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| ゴールドディスク | ||||
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| BUMP OF CHICKEN アルバム 年表 | ||||
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| EANコード | ||||
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EAN 4988061862453 (TFCC-86245) | ||||
| 『orbital period』収録のシングル | ||||
| ミュージックビデオ | ||||
| 「メーデー」 - YouTube 「プラネタリウム」 - YouTube 「supernova」 - YouTube 「花の名」 - YouTube 「飴玉の唄」 - YouTube 「カルマ」 - YouTube 「涙のふるさと」 - YouTube |
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概要
前作『ユグドラシル』以来、3年4か月ぶりとなるオリジナル・アルバム。2005年から2007年にかけて発表されたシングル曲6曲を含む全17曲を収録し、収録時間は71分を超える。制作当初から大作を志向していたわけではなく、升秀夫によれば当初は「シングル6曲と新曲6曲程度」の12曲前後を想定していたが、制作の進行に伴って曲数が増加した。最終的にはCD1枚の容量に迫る長さとなり、一時は2枚組も検討され得る状況だったが、「orbital period」という題名、「voyager」「flyby」、「星の鳥」、ブックレットを含めて一つの作品として成立しているという判断から1枚にまとめられた[2][3]。
タイトルの「orbital period」は公転周期(軌道周期)を意味する。メンバー4人が全員1979年生まれで、2007年に28歳を迎えたことと、曜日と日付の組み合わせが大きく28年で一巡する周期の概念に藤原基央が着目したことを起点としている。藤原が自身の28歳の誕生日にこの事実を他の3人へ伝えると、メンバー全員が強く共感し、その後アルバムタイトルとして採用された[3][4]。
背景
2004年 - 2005年:『ユグドラシル』以降の活動
前作『ユグドラシル』は2004年8月25日に発売され、バンドは同年9月17日から11月20日まで全国ライブハウスツアー「BUMP OF CHICKEN 2004 TOUR "MY PEGASUS"」を開催した。ツアー終了後の12月11日・12日には、当時の単独公演として最大規模となる幕張メッセ公演「PEGASUS YOU」を行い、同月には韓国でもライブを開催した[5]。この時期についてメンバーは後年、『ユグドラシル』期からライブ規模が拡大する一方、楽曲が要求する演奏へ自分たちの技術を追いつかせるための試行錯誤が強まったと回顧している[6]。
2005年に入ると、バンドはライブ活動と並行しながら新曲制作を進めた。7月21日にシングル「プラネタリウム」を発売。同年には家庭用プラネタリウム「HOMESTAR」のBUMP OF CHICKEN限定版を販売したほか、愛・地球博ささしまサテライト会場内「COSMO ZONE THEATER」でミニライブを行った[7]。夏には「SETSTOCK'05」「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2005」などへ出演し、その合間に「カルマ」と「supernova」の制作・録音を進めた。同年11月23日には「supernova/カルマ」を発売し、「カルマ」はPlayStation 2用ゲーム『テイルズ オブ ジ アビス』の主題歌となった[7]。また、12月14日には「カルマ」を1曲目とした「カルマ/supernova」も発売されている。同作は2006年度オリコン年間シングルチャートで9位にランクインし、BUMP OF CHICKENの作品ではシングル・アルバム通じて初の年間TOP10入りを果たすヒット作となった。
2006年:『人形劇ギルド』と『涙のふるさと』
2006年1月13日からは、ライブハウスとアリーナ会場を組み合わせた全国ツアー「BUMP OF CHICKEN 2006 TOUR "run rabbit run"」を開催し、3月4日・5日の国立代々木競技場第一体育館公演まで9会場16公演を行った[8]。2月11日の福岡公演は、メンバー4人が初めてBUMP OF CHICKENとして公のステージに立った日から10年に当たり、結成10周年の節目として「BUMP OF CHICKENのテーマ」を演奏した[8]。ツアー終了後の3月11日には二度目の韓国でのライブを開催した。一方、藤原は『テイルズ オブ ジ アビス』のために主題歌「カルマ」のモチーフを用いた劇中音楽なども制作し、3月22日にMOTOO FUJIWARA名義のサウンドトラック『SONG FOR TALES OF THE ABYSS』を発表した。
同年9月20日には、『ユグドラシル』収録曲「ギルド」の制作時に藤原が抱いていたイメージをもとにした無声映像作品『人形劇ギルド』を発売した。藤原は後年、この企画について、当初はアルバム曲のミュージック・ビデオ案を尋ねられた際にクレイアニメーションのイメージを話したことから発展したものであり、積極的に複数領域へ活動を広げようと計画した結果ではなかったと説明している[9]。同作はDVDチャートで首位を記録した[10]。11月22日にはロッテ「airs」のCMソングとして使用されていた「涙のふるさと」が発売された[11]。
2007年:アルバムのレコーディングとリリースまで
2007年は、前年3月の「run rabbit run」最終公演と韓国ライブ以降、表立ったライブ活動から距離を置きながら制作を継続した。3月には「才悩人応援歌」「ハンマーソングと痛みの塔」「飴玉の唄」の録音が並行して進められた。3月14日は前日から持ち越されたリズム録りが続いており、升は長時間にわたり2ビートを反復し、藤原も隣でスティックを振りながらリズムを共有していた。夜まで録音を重ねたものの、Bメロの揺れを解消できず、その日のドラム録音は中止され、升は翌日も個人練習へ入った[12]。
3月20日には「飴玉の唄」のギター録音が行われた。藤原は古いマーティンのフォークギターを持ち込み、ガットギター、リッケンバッカー、ジャズマスターなど約20本の中から曲に合う音色を試した。約3時間の試行錯誤を経て「抑揚を抑えながら、強い芯を響かせる音」に到達し、その日のうちに必要なギターパートを録音した[13]。4月1日・2日には歌入れが行われ、藤原は当時、楽曲が演奏者へ要求する技術と精神性の水準が飛躍的に高くなり、特にリズム録音へ多くの時間を要していると説明している[14]。
4月12日には藤原宅でメンバー4人が集まり、ゲームや歌などをして過ごした。28歳の誕生日を祝った後、4人で明け方に散歩した[15]。翌13日にはメンバーとスタッフらによるパーティーが開かれ、前日に用意できなかった上質な肉を食べたほか、ディレクターから藤原へ、ジョージ・ハリスンが使用していたものと同型のエレクトリック・シタールが贈られた。この楽器は後に「花の名」の録音で使用された[16][17]。
7月16日、ハイラインレコーズの10周年イベント「10年目の夏」にシークレットゲストとして出演し、2006年3月5日の代々木第一体育館公演以来498日ぶりにステージへ立った[18]。その後は夏フェス出演も行いながら、「花の名」「メーデー」のレコーディングを行い、アルバム初出曲を含む制作を本格化させた[19]。
同年10月24日には「花の名」と「メーデー」を2作同時発売した。「花の名」は映画『ALWAYS 続・三丁目の夕日』の主題歌として書き下ろされ、両作はオリコン週間シングルランキングでそれぞれ1位・2位を記録し、同一アーティストによる1位・2位独占は5年4か月ぶり、史上7組目となった[20]。この時点までに、2005年の「プラネタリウム」から「supernova」「カルマ」「涙のふるさと」「花の名」「メーデー」まで6曲が個別作品として発表されており、それぞれの制作時点ではアルバム全体のコンセプトは設定されていなかった。藤原は「一曲のことをやっているうちは一曲のことしか考えたくない」という姿勢で制作していたと述べている[21][22]。
一方で藤原は、この約3年間に生まれた楽曲について、従来以上に聴き手の存在を意識した「完全に『対・人用の音楽』」「対コミュニケーション型なリリック」になったと説明している。作品発表やライブ、フェスティバルなどを通して、自分たちの音を待つ人や耳を貸す人の存在を強く認識し、「僕らの音を受け入れてくれる耳」がなければ、演奏された音は音楽として成立しないという意識が強まったという。また本作では、「僕から出された音が、あなたの耳に届く」ことをミュージシャンとして従来以上に明確に意識したと述べている[23]。また、この期間にはゲーム音楽、無声映像作品、プラネタリウム関連企画、映画・CMとのタイアップなど、バンドの通常のアルバム制作とは異なる活動が並行した。藤原自身は「3年間かけて一枚のアルバムを作った」というより、その時々に一曲ずつ向き合ってきた結果、制作終盤に楽曲群が一つの作品へまとまったという認識を示している[22]。
制作
レコーディングとアンサンブル
本作のレコーディングでは、各楽器の役割を曲ごとに突き詰め、慣習的なアレンジやプレイヤーの自己満足による音を避ける姿勢が徹底された。藤原は、コードストロークを一度も行わない曲や、ドラムが「気持ちいいビート」をあえて一度も叩かない曲があることを例に挙げ、「曖昧なことを一切してない」「役割という意味では一切曖昧なことはない」と説明した。また、自己満足だけで加えた音はなく、そのようなトラックは制作過程で何度も没にしたと述べている[23]。升も完成後、録音時には自身の状態が演奏へ強く投影されているように感じていたものの、パッケージされた音源では「そういう『個』よりはちゃんと曲として鳴ってる」とし、演奏者のパーソナルな部分が曲に必要なサウンドとして溶け込んだことを「正直、初めて味わった感覚」と振り返っている[23]。
制作は必ずしもアルバム単位で進められたわけではなく、「ハンマーソングと痛みの塔」「飴玉の唄」などのアルバム初出曲も時期を分けて録音された。メンバーは制作終盤まで楽曲群を「一曲ずつ」の感覚で捉えていたが、ミックス段階で曲順が定まり、「voyager」「flyby」が加わったことで、既発のシングル曲を含め各曲の聴こえ方が変化したと述べている。升は「プラネタリウム」など、既にライブで繰り返し演奏していた曲にも『orbital period』の中で新たな役割が見えたとし、「単独でいた時とは違う、『orbital period』での役割をしっかり果たしてた」と語った[24]。
2007年3月の録音では、当初ギター録音を予定していた日程が、前日から続くリズム録りの難航によって変更されるなど、工程の遅延も生じた。藤原はガラス越しに手拍子を打ち、身体全体でリズムを示しながら升と直井由文へ完成像を伝えていた。直井はこの録音で、藤原から誕生日に贈られたヘフナー製のバイオリンベースも使用している[12]。この時期の制作は、譜面や言葉だけで完成像を共有するのではなく、藤原が実演や身体動作を通してリズムと抑揚を伝え、他のメンバーがそれを自らの演奏へ置き換える方法で進められた。
同年10月の段階でも歌入れ、ミックス、マスタリングは完了しておらず、直井は取材の場で初めて発売日が12月19日であることを知ったという[25]。制作最終盤には短期間で複数曲のミックスが連日行われ、藤原は昼間にブックレットを制作し、夜にメンバーとミックスを確認する生活を送っていた。
2024年にメンバー4人が過去作を振り返った際、藤原は本作について、『ユグドラシル』以上に「曲から要求されること」の種類が増え、その深度も深まった作品だったと回想している。モーグ・シンセサイザーといったシンセサイザーの使用が増えたのもこの時期であり、自分たちの既存の手札だけでは表現できない領域であっても、楽曲が求めるものなら踏み出すという意識が強まったという。藤原は、単に自分たちの「やりたいこと」を実行するのではなく、自分たちは「音楽の一部」になり、楽曲が演奏者へ要求してくるものを実現するという考え方を持ち始めた時期として、『ユグドラシル』と本作を挙げている[6]。
増川弘明は同じ回顧で、本作の頃からバンド全体で音数を抑え、少ない音数の中で表現する傾向が明確になったと述べた。直井は「ひとりごと」「才悩人応援歌」などを例に、音符と音符の間隔をより高い解像度で捉え始め、「花の名」では長く伸ばす音を従来以上に意識したと回想し、本作を自身にとって「次の章」「次の公転周期」に踏み出した第一歩と位置づけた。升は『orbital period』と次作『COSMONAUT』の時期について、自身の演奏能力の範囲を大きく超える要求が多く、録音では多数のテイクを重ねて良い演奏を待つ状態だったと述べている。完成音源には現在でも再現が難しい演奏があり、当時の技術的な切迫感も作品の熱量として残ったと振り返った[26]。
タイトルと28年周期
タイトルの「orbital period」は、天文学において天体などが一定の軌道を一周するのに要する時間、すなわち「公転周期」または「軌道周期」を意味する。藤原は、1979年生まれのメンバー4人が全員28歳を迎える2007年に、自身の誕生日の日付と曜日が生まれた年と同じ組み合わせへ戻ることを知った。これは、平年と閏年による曜日配列が28年でおおむね一巡する暦上の周期に基づくもので、地球そのものの公転周期が28年であることを意味するものではない。
藤原は当初、日本語で「公転周期」と考え、携帯電話の英和・和英辞書で調べた際に「orbital period」という語を知った。逆に日本語へ戻すと「軌道周期」と表示されたが、藤原は英語の響きを気に入り、その語を記憶していた[27]。アルバム名として正式に提案したのは誕生日当日ではなく、その約1、2か月後の2007年5月から6月頃で、ディレクターから題名を尋ねられた際に「公転周期」「orbital period」を提示した。4人は28年周期の概念以外にないと考えた[16][28]。メンバーとスタッフにも強く受け入れられ、その後に完成した楽曲やブックレットと結び付くにつれて、作品全体を貫く感覚が沸き上がったという[16][23]。
このため、本作における「公転周期」は、単なる年齢の一致だけでなく、4人がそれぞれの人生における最初の軌道を一周し、生まれた時と同じ暦上の地点へ戻ったという比喩を含んでいる。一方で、一周後の到達点は過去への単純な回帰ではなく、同じ位置から次の周期へ出発する地点でもある。アルバムの冒頭と末尾に配置された「voyager」と「flyby」、両曲をつなぐ「星の鳥」の物語は、この「一周」「帰還」「再出発」という構造を作品全体へ拡張する役割を持つ。
藤原の誕生日である4月12日を基準にすると、生年の1979年から28歳を迎えた2007年まで、同じ木曜日となった年は1979年、1984年、1990年、2001年、2007年であり、その間隔は5年、6年、11年、6年である。藤原は後年、発売当時のプロモーションでは数字の並びに混乱し、「6年、5年、6年、11年」と誤って説明したこともあったと訂正している[28]。
藤原が自身の誕生日の曜日を意識するようになったのは、20代前半に、生年月日である1979年4月12日が木曜日だったと知ったことがきっかけだった。木星を好み、過去にアルバムへ『jupiter』と名付けていた藤原は、「木星」と「木曜日」の一致を面白く感じ、それ以降、毎年の誕生日が何曜日になるかを気にするようになった。2007年の誕生日が木曜日になると知った当初は、生まれた日以来初めて同じ曜日へ戻ると思っていたが、過去の曜日を調べると、1984年、1990年、2001年にも木曜日の誕生日があったことが分かった[28]。
さらに未来の誕生日も調べたところ、2012年、2018年、2029年、2035年と、同じ「5年、6年、11年、6年」の間隔が反復することを確認した。藤原はこの合計28年の周期が誰の誕生日にも当てはまり、生まれた年によって数列のどこから始まるかが異なると説明している。発見直後に調べた結果、この暦上の周期が「太陽章」と呼ばれる既知の概念であることも知った[28]。
この周期は、地球が太陽の周囲を28年かけて公転するという意味ではなく、7日周期の曜日と平年・閏年の配列によって、日付と曜日の組み合わせが28年でおおむね一巡する現象である。藤原は、自身が28歳を迎える時点で「一周目の終わり」と「二周目の始まり」にいること、さらに同じ1979年生まれの4人全員が2007年に同じ節目を迎えることへ強い興奮と感動を覚えたという[28]。
2007年4月12日、藤原は藤原の誕生日を祝うために藤原の自宅を訪れた升、直井、増川にこの発見を伝えた。3人も藤原と同等かそれ以上の熱量で反応し、4人は自分たちが同じ周期の節目を共有していることに感動した。藤原は後年、この時に「この四人でバンドをやっているという事実」が、それまで以上に輝き、誇らしく感じられたと記している[注 1][27][28]。4人はゲームや歌などをして過ごした後、明け方に散歩している[16]。
この概念は、歌詞カードの制作にも影響した。藤原は28年周期から浮かんだイメージをもとに簡単な絵本のような物語を作り始めたが、完成品は88ページに及び、「星の鳥」という独立した題名が付けられた[28]。
藤原は2024年、この出来事について、同じ1979年生まれの4人が同じ時期に人生最初の28年周期を終え、次の周期へ入る事実と、それに4人全員が同程度以上の熱量で感動したことが重要だったと回想している。藤原は、自分だけの感動として終わる可能性も考えていたが、3人が予想以上に強く反応したことで、「BUMP OF CHICKENはその事実に対して、俺と同じかそれ以上の熱量で感動している4人で組んでるバンド」であること自体にも感動したと述べている。そこから、惑星や衛星が中心の星を一周するイメージと重なり、「公転周期」を意味する題名へつながったという[29]。
ただし題名の決定は制作の出発点ではなく、多くの楽曲はそれ以前から存在していた。藤原は、タイトルを「灯台」のように目指して音を作ったわけではないと説明している。むしろ制作最終盤、全曲のミックスを進める中で「voyager」と「flyby」を書き、ブックレット制作が進んだ時期に、28年周期の概念が作品全体へ明確に反映された[2][23]。
「voyager」と「flyby」による完成
制作終盤、ディレクターから以前より提案されていた「オープニングとエンディング」に応える形で、藤原は「voyager」と「flyby」を同時に制作した[23]。藤原によれば、この2曲は収録曲の中で唯一、既に存在する十数曲を「アルバムとして機能させる」意識のもとで書かれた曲である[30]。
題名には、メンバー全員が生まれた1979年にボイジャー1号が木星をフライバイした出来事も重ねられている。2曲がアルバムの冒頭と末尾に置かれ、「星の鳥」とブックレットを介して全体を囲む構成となったことで、メンバーはばらばらに存在していた楽曲群が急速に一つの作品へまとまったと感じたという。直井は「voyager」「flyby」が完成した時点を「ピークでしたね」と振り返り、両曲とブックレットを繰り返し見聞きする中で「俺らは『orbital period』を作れるんだ」という、達成感とも異なる高揚を覚えたと述べた。升もこの時に初めて「アルバムだぁ!!」と思ったと語っている[31]。また直井は、両曲に挟まれた瞬間に各曲が一斉に意味を持ち始め、「一気に光を放った」と回想し、升も制作終盤の「ほんのちょっとだけど、すごい大きい作業」によって統一感が生まれ、「アルバムっていうのは、やっぱアルバムなんだ」と認識したと述べている[24]。
曲順
曲順は理論的なコンセプトに沿って機械的に決められたものではなく、藤原は「曲同士が相談して収まった」ような感覚だったと説明している。シングルとして既に発表されていた楽曲も、他の曲と隣接することで異なる表情を見せたとされる。「星の鳥」から「メーデー」、「かさぶたぶたぶ」から「花の名」、「飴玉の唄」から「星の鳥 reprise」、「星の鳥 reprise」から「カルマ」など、音の余韻や連続性を利用した接続も行われた[30]。
評価と後年の位置づけ
本作は発売当時、17曲・71分超という収録規模、藤原が物語とイラストを手掛けた88ページのブックレット、長期間にわたり個別に制作されたシングル曲とアルバム曲を一つの作品へ統合した構成などから、大規模な作品として受け止められた。『MUSICA』では鹿野淳が、17曲それぞれの強いテンションと、聴き手との対峙を求める力を特徴として論じた[32]。一方、メンバー自身は制作時から「大作」を意図したわけではなく、必要な曲と表現を積み重ねた結果として現在の規模になったと繰り返し説明している[2][24]。
有泉智子は、価値観が複雑化し、社会全体が共有できる「みんなの歌」が成立しにくくなった時代において、BUMP OF CHICKENの歌は不特定多数へ向けた共同体的な歌ではなく、一人の人間の内面と向き合う「個人的な歌」であると評した。その上で、個人の存在を極限まで掘り下げた歌が、個別の価値観や状況を越えて共通する本質へ近づき、結果として聴き手一人ひとりを結び付ける強いアンセムになっていると論じている。また本作について、藤原が「君」や「あなた」を求める気持ちと「僕は君と一緒にいる」という意志を従来以上に強く歌っており、悲しさと優しさ、強さを併せ持った作品だと評価した[33]。
古河晋は、本作では背景の異なる17曲が緊密に結び付き、「voyager」と「flyby」に挟まれることによって、既発曲を含む各曲が新しい意味と響きを獲得していると評した。さらに、88ページのブックレットと「28年周期」という主題が、遠い星の光が星座を形作るように「僕」と「君」を結ぶ構造を形成していると分析している。個々の歌が聴き手へ正面から向き合い、とりわけ「ひとりごと」「飴玉の唄」「arrows」などアルバム後半では、童話的な装いを脱いで「生きている人」の体温が表出していると論じた[34]。
2024年のディスコグラフィー回顧では、4人全員が本作への強い愛着を表明した。藤原は、一曲ごとの表現要求が『ユグドラシル』以上に多様かつ深くなり、既存の方法論を超えてでも曲の求める音を実現する姿勢が強まった作品と位置づけた。増川はバンドの音数を減らしていく発想の初期段階、直井は演奏をより高い解像度で捉えるようになった「次の公転周期」への第一歩、升は自身のキャパシティを超える演奏に向き合った時期として回想している[26]。
28年周期の継承
本作で共有された「28年周期」は、発売時のアルバムコンセプトにとどまらず、後年のBUMP OF CHICKENにとって独自の節目を示す概念となった。2024年のインタビューで升は、25周年ツアー後に今後の活動を話し合った際、次の一般的な周年である30周年の前に、メンバーにとって28周年が「ひとつ大切なもの」として存在していたと説明している。鹿野淳も、2007年に4人全員が28歳を迎えた時点から28年周期がバンドにとって特別なものになったと指摘し、升もこれを肯定した[35]。
その後、藤原は『orbital period』を4人が同じ1979年生まれであり同じ周期を共有していることを強く意識した作品として振り返っている。藤原によれば、28年周期の話をメンバーへ伝えた際、4人全員が「今俺たちはすごい瞬間を共有している」と感じられるほど高揚し、その出来事は「4人だけのオリンピック開催」のような感覚だったという。また同インタビューで藤原は、『ユグドラシル』から『orbital period』にかけて、メンバー同士が互いに対して抱く意識や、「今も一緒にいること」「これからもできるだけ一緒にいたいと思っていること」への感覚が飛躍的に大きくなったと説明している[36]。
そのため2024年、メンバー個人ではなくBUMP OF CHICKENというバンド自体が結成28周年を迎えることは、単なる周年行事とは異なる意味を持った。2007年には同じ1979年生まれの4人がそれぞれ人生最初の周期を終えたのに対し、2024年には1996年の結成から数えてバンドそのものが最初の28年周期を終えることになり、この一致が「ホームシック衛星2024」開催の直接的な契機となった[29][35][37]。升は、25周年と30周年の間にある28周年を見過ごせない節目として捉え、4人の間で自然に企画が立ち上がったと説明している[35]。
この概念は2024年のリバイバルツアーで過去を再現するためだけに用いられたわけではない。ツアー本編最後では、アルバムの冒頭と末尾を担った「voyager」「flyby」に新たな歌詞を加えて一続きの「voyager,flyby」として再構成し、28年周期を終えて再び次の周期へ進む現在の4人として演奏した[38][39]。藤原は、とりわけ間奏を「誰のソロでもないが、全員がソロとして主張しながらアンサンブルを組む」状態だったと説明し、公演を重ねるにつれてこの演奏とツアーそのものが持つ意味を理解していったと回想している[38]。
さらに「ホームシック衛星2024」で、16年以上前の曲を現在まで大切にしてきた聴き手と再会した経験は、その後の『Iris』や「Sphery Rendezvous」期の活動にも影響した。藤原は、同ツアーを含む近年のライブを通じて、楽曲を受け取った人と再び会うことの意味を強く意識するようになったと説明している[38][40]。また結成28周年中に行われた「Sphery Rendezvous」では、「メーデー」を「星の鳥」と接続した『orbital period』版で演奏するなど、28周年と本作のモチーフを現在の活動へ接続する試みも行われた[41]。このように「orbital period」は、2007年の一作品名から、4人の時間、バンドの継続、聴き手との再会、次の周期へ進むという意識を結び付ける長期的な参照点となった。
アートワーク
ジャケットおよびブックレットの中心的モチーフは「星の鳥」である。制作当初は、BUMP OF CHICKENのロゴマークをクレヨン、水彩、自然物、廃材など異なる素材で表現する案も検討されていた[注 2][42]。2007年10月、FM802のイベント出演後に大阪の飲食店でジャケット案を話し合った際、藤原が膨らみを持つBUMP OF CHICKENのロゴマークを斜めから見た図を描いたところ、ディレクターがその形状に着目した。翌日、藤原は東京へ戻った後、タイクーングラフィックスとの打ち合わせに先立ってトイズファクトリーの会議室でモチーフの意味を考え、B4判の紙3枚ほどに漫画形式の物語を描いて提示したという[43]。
このモチーフを基に、タイクーングラフィックスとの打ち合わせを経て、発光する鳥のような形象を用いたジャケットが制作された。藤原は後年、ジャケット上の「星の鳥」と、別案として存在していた山状のモチーフを結び付けるところから物語が発展したと説明している[44]。デザインはタイクーングラフィックスが担当した。裏ジャケットには、物語中で作られる「土でできた星の鳥」を想起させる地形写真が用いられ、BUMP OF CHICKENのロゴマークを思わせる形状が組み込まれている。
ブックレット「星の鳥」
88ページに及ぶ歌詞カード一体型のブックレット。藤原基央が物語とイラストレーションを手掛け、タイクーングラフィックスがデザインを担当した。「星の鳥」を求める王と動物たちを中心とする物語で、アルバム収録曲と一対一で対応する内容ではないが、「orbital period」という題名や星の鳥のモチーフを共有し、パッケージ全体を構成する重要な要素となっている[24][42]。
ブックレットは、初めから長編の物語を作る計画があったわけではない。前述の打ち合わせで藤原が提示した漫画形式の案を見たスタッフから、物語全体を描くことを提案されたことで制作が始まった。藤原は当時、「音楽以外のところで責任を取るのをできるだけ避けたい」「他のセンスが問われるような部分はなるべく手をつけたくない」と語っている。一方で、すでに物語の骨格を考えてしまった以上は「描くしかねえ」と判断し、制作へ入ったという[43]。
当初はCDケース内に収まる程度の歌詞カードを想定していたが、藤原は制作しながら推敲を重ねており、「1個も削れない」として物語や絵を削減しなかった。その結果、ページ数は88ページまで拡大した。藤原は、曲と同居する以上、中途半端なものを添えれば音楽を妨げると考え、物語として成立するところまで作り込むことを選んだと説明している[2][45][46]。
制作時点では、収録曲を聴きながら物語を組み立てたり、バンドの過去や将来を直接的に象徴させたりしたわけではなかった。藤原は、物語を書いている間は「この物語の中にいた」と説明し、それを描かせたものとしてアルバムタイトル「orbital period」と「星の鳥」というモチーフを挙げている[3]。したがってブックレットは各収録曲を逐一図解するものではない一方、アルバム完成期に生まれた題名とモチーフによって、楽曲群を包む視覚的・物語的な枠組みを形成した。
作業は録音、ミックス、マスタリングの最終工程と並行して進められた。藤原は昼頃からスタジオで物語を描き、夜にメンバーが集合してミックスを確認する生活を送り、「voyager」「flyby」の作曲も同時に行った。マスタリング終了後も祝賀の場へは向かわず、そのままタイクーングラフィックスの事務所へ移動して最後の推敲を続けたという。直井によれば、この時期の藤原の睡眠は1、2時間程度で、作業の都合から他のメンバーが完成前の物語を十分に確認できないまま印刷工程へ入った[23][42]。藤原は完成直前まで誤字脱字やデザインを含めて推敲を重ね、「本当に時間と手間ひまをかけました」と振り返っている[43]。
完成後、藤原は同様の作業を再び行うことには否定的な発言もしている。2008年当時、制作自体はやりたいことであり集中している間は充実していた一方、作業の合間に強い孤独感へ襲われたとも述べた[23]。2024年の回顧では、誰もいないトイズファクトリーの会議室へひとりでこもり続け、「自分の職業は何なのか」と思うほどだったと振り返り[6]、作品側から必要性を提示されたため「あれをやるしかなかった」とも説明している[29]。
2024年の「ホームシック衛星2024」特設サイトでは、16年ぶりのリバイバルツアーに合わせて「星の鳥」が改めて公開された[37]。
リリース
歌詞カードは藤原が物語とイラストを手掛けたオリジナルストーリー「星の鳥」と一体化した88ページのブックレットとなっている。ジャケットには同作のモチーフでもある「星の鳥」が用いられ、ブックレットとCDケースを収めるスリーブケースが付属する。隠しトラックを含めると18曲、無音トラックを含むトラック総数は28となっており、作品全体で「28」という数字が意識されている。また、『orbital period』オリジナルプレミアムグッズ抽選応募券が同梱された。
チャート成績
本作はオリコン週間アルバムランキングで2位を記録。メジャーデビュー以降にリリースされたオリジナル・アルバムの中で唯一首位を獲得できなかった作品ではあるものの[注 3]、初動売上は自己最高の38.1万枚を記録した。
収録曲
| 全作詞・作曲: BUMP OF CHICKEN。 | ||
| # | タイトル | |
|---|---|---|
| 1. | 「BELIEVE」(歌・演奏: ハテナッチセブンクエスチョンズ) | |
楽曲解説
- voyager
- 「flyby」と対になる楽曲。両曲はアルバム制作の最終段階、他の収録曲がほぼ出揃ってミックス作業が進む中で同時に制作された。藤原によれば、本作の大半の曲が一曲単位で書かれたのに対し、「voyager」と「flyby」は、すでに存在していた十数曲を一枚のアルバムとして機能させることを意識して書いた唯一の楽曲である[30]。ディレクターから以前より「オープニングとエンディング」にあたる曲を求められていたことも制作の契機となった[23][47]。
- 基礎となるアルペジオは、藤原が以前からリハーサルなどでギターを持つと弾いていたフレーズで、直井は当初それ自体が短い器楽曲になると思っていたため、歌詞とメロディが付くと知って驚いたという[31]。録音では、アルペジオを構成する各弦の音を個別に録音し、それぞれ異なる位置へパンニングする手法が用いられた。藤原は、完成時期としては最後でありながら、「voyager」と「flyby」が『orbital period』へ一本の芯を通したと説明している[31]。
- 題名は、メンバー4人が生まれた1979年にボイジャー1号が木星へ接近しフライバイした出来事とも結び付いている[注 4]。藤原は、宇宙探査機そのものを主人公とする物語を書いたわけではないと述べ、1979年という年、28年周期、アルバムの導入部と終結部、4人が同じ時間を生きて一つの周期を終えたという感覚が互いに重なりながら存在していると説明している[48]。28年周期についても、過去を総括して活動方針を定めるための概念ではなく、4人が同じ時期に一つの周期を終えた事実そのものへの感動だったという。
- アウトロは次の「星の鳥」と繋がっており、2008年から2013年までのライブでは、「星の鳥」が演奏される前にアウトロのみが鳴り続ける演出がされていた。
- これまでライブで演奏されていなかったが、2024年に行われたツアー「ホームシック衛星2024」で「flyby」とセットでライブ初披露された。
- 星の鳥
- インストゥルメンタル楽曲。この曲は「メーデー」のレコーディング中にディレクターが「“メーデー”をアルバムに入れるときは、前奏を長くして入れよう」と発案したことがきっかけで製作され、藤原自身、そのアイディアについてすごくドラマチックなことだと感じていた[49]。
- 作曲時には、和音の数や小節数を複数試し、最終的には藤原自身が理論的には変則的だと感じる小節構成に落ち着いた。曲は当初からアルバム全体の象徴として計画されたものではなかったが、その後「星の鳥」という題名がジャケットのモチーフ、88ページのブックレット、アルバムタイトル「orbital period」と結び付き、結果的に作品世界への入口を担うことになった[46][50]。
- 「星の鳥」と「メーデー」はトラックは分かれているが、音は繋がっている。
- メーデー
- 13thシングル。
- 前曲「星の鳥」と音が繋がっている。その関係で、シングルバージョンより前奏部分が約8秒カットされている。
- PVはシングル発売当初は発表されず、本作の発売期になって発表された。なおPVの一部が、本作のCMに用いられている。
- 才悩人応援歌
- 「さいのうじんおうえんか」と読む。
- 2007年初頭に制作された、アルバム初出曲の中では比較的早い時期の楽曲。藤原は制作の出発点について、リズムが「気持ちよくも悪くも」変化し、それに伴ってコードも変化していくイントロの「リズム遊び」だったと説明している。最初のデモはアコースティックギターを中心に録音されたが、直井はその段階でベースとドラムのパターンが読み取れるほどリズム設計が明確だったと回想している[50]。
- プリプロの前日に曲について考えていたがまとまらず、そのまま徹夜でプリプロに行くという事態になり、バンド練習の時間がなかったためにその場の勢いでギターを弾いて歌った、とのこと[49]。増川はその時のことについて「リズムのきっかけやトリックが全く解らず、驚きの連続だったが、聴いて弾いている方がハマってくる魅力のある曲。聴いたその瞬間からハマっていた」と語っている[49]。直井も、アコースティックギター中心の初期デモだけでベースとドラムのおおよそのパターンを読めるほどリズム設計が完成していたと回想し、自身は聴いた直後から強く惹かれたという[50]。
- 藤原は歌詞について、単純な成功者への賛歌ではなく「才悩人」へ向けた応援歌と説明している。「がんばれ」という言葉は、すでに努力している相手へ向けるには覚悟が必要だとした上で、本曲を「『がんばれ』に変わる新しい発明なんじゃねえかな」と位置づけ、「そういうマイノリティのためだけにある曲」と語った。自身にとって音楽は衣食住に含まれない「娯楽」でありながら、それら以上に重要になることがあるとも述べている[51]。また、他人が作った歌であっても、自ら選び取って聴くなら、その人にとっての「本当の音楽」になり得るという考えを示している[52]。この意味で本曲は、藤原が本作期の歌詞を「対・人用」「対コミュニケーション型」と表現した変化を具体的に示す一曲とされる[51]。
- 2024年のインタビューで直井は、本曲を、自身が音符と音符の間隔をより高い解像度で捉え始めた例の一つとして挙げた[6]。
- プラネタリウム
- 9thシングル。
- supernova
- 10thシングル「supernova/カルマ」1曲目。
- ハンマーソングと痛みの塔
- シングルを除けばアルバム初出曲の中で最も早い2006年秋頃に完成した。原型となるコード進行やメロディの断片は『ユグドラシル』期から藤原の中にあり、長期間未整理のまま残っていたという。藤原は、従来あまり積極的に使ってこなかったメジャー7thなどの響きを取り入れ、当初はギターを表拍で弾いていたが、最終的には裏打ちを含むアンサンブルへ発展したと説明している[53]。
- 制作中は小声で歌う方法では曲が成立せず、藤原は実際に声を張り、ときに意味を持たない即興的な「宇宙語」で歌いながらメロディを探した。完成後、直井と升を自宅へ呼んで弾き語りを聴かせ、その場にあったギターや打楽器で3人が演奏した。増川は地下のスタジオにいたため連絡が取れなかったという。この演奏をめぐり近隣から苦情が寄せられ、演奏した翌日、マンションの共用掲示板に注意書きが出たという[53]。
- 録音では「飴玉の唄」「才悩人応援歌」と同時期にリズム録りが進められた。升は一日を費やしてもOKテイクに届かなかった経験から、単に正確に叩くのではなく、一音ごとに曲の中で何を意味するのか理解する必要性を強く意識したと振り返っている。直井は、プリプロ段階のボーカルが強い縦方向のラインを作り、リズム隊がそこへ乗ることで言葉を下から突き上げる感覚が生まれたと説明した[54]。
- 2007年3月14日の録音では、前日から続くドラム録音が予定を超えて長引き、升は腰を押さえながら2ビートを繰り返した。夜まで複数回録音したものの、Bメロの揺れを解消できず、その日の作業は中止された。藤原は升の隣でスティックを振り、直井が加わった後はガラス越しに手拍子と身体動作でリズムを示していた[12]。
- 歌詞と曲のイメージについて、藤原は、塔の上にいる相手へ届くよう大声で呼びかける感覚があったと語っている。題名の「ハンマーソング」は、本人の中では「だるま落としのトンカチ」のようなイメージから生まれ、後に同名の一般的用法が存在するらしいと知ったという[55]。
- 時空かくれんぼ
- 「ひとりごと」と近い時期に制作された。藤原が「8分の6拍子をやってみたい」と考えたことから始まったが、完成形は本人が想定していた典型的な6/8拍子の感触から離れたものになったという[54]。直井も、6/8拍子でありながらメロディがその感触を容易に認識させず、変拍子的にも聞こえると述べている。
- 藤原は歌詞について、意味を説明的な文章へ置き換えることに慎重な姿勢を示し、言葉だけを切り離すのではなく、メロディ、リズム、声と一体化した「歌詞」として初めて成立する曲だと説明している[55]。本作期には、自身の表現力が高まる一方で、難解なものを難解なまま出すことで独りよがりになっているのではないかという不安も強くなり、最初の聴き手である他の3人へ聴かせる際にも緊張したという[54]。
- 題名は制作後に複数案を検討したものの、最初に浮かんだ「時空かくれんぼ」へ戻った。直井は題名だけを聞いた段階でも意味を伴う言葉になると感じ、歌詞を聴いた後にはこの語でなければ成立しない曲だと受け止めたという[54]。歌詞終盤で自己問答のような語りから「君」へ向かう構造について、藤原は対他者への意識を認めている。
- 「ホームシップ衛星」後、ライブでは演奏されていなかったが、2017年から2018年にかけて行われたツアー「PATHFINDER」の新潟公演のみで披露された。しかし、2024年の「ホームシック衛星2024」では、『orbital period』収録曲のうち唯一セットリストに入らなかった。
- かさぶたぶたぶ
- ビートルズが使用していたものに近い楽器で録音されている。元々は「メーデー」のシングルのシークレットトラック候補として、メンバー各自が曲を持ち寄る過程で藤原が制作した楽曲だった。藤原によれば、作詞・作曲は約30分でまとまり、当初は肩の力を抜いて演奏できるシークレットトラックを想定していたという。しかしメンバーが聴くうちに「いい曲」として扱うべきだという意見が強まり、ディレクターからも別用途で正式に録音すべきだと提案され、アルバム本編へ昇格した[56][57]。
- 弾き語りからバンドでの一発演奏へ移すと、藤原が想定した以上に曲の「懐」が深く、アレンジは大規模化した。全員によるコーラスや多層的なギターを加え、藤原は最終的に「とことん」作り込む方向へ進んだと説明している[57]。藤原は、イレギュラーな経緯で生まれたからといって制作上の扱いを軽くしたわけではなく、結果的に他の楽曲との関係を最もよく考えてくれるような位置へ収まったと回想している[58]。「何の制作でも一度も手を抜いたことは無く、こういうイレギュラーな形で曲が生まれることもある」ということを表した一曲[49]。
- アウトロの余韻が次の 「花の名」 に繋がっている。
- 花の名
- ひとりごと
- 「時空かくれんぼ」と近い時期に作られた曲。藤原は、ギター1本を弾きながら小声で歌う比較的スタンダードな方法で書き始め、その後、打ち込みを加えたプリプロ音源を制作してメンバーへ聴かせた[59]。藤原は長く考え続けていた「優しさ」という概念を巡って書いた曲と説明している。誰かに対する行為が自己満足や自分自身のためのものになり得る矛盾を認めた上で、それでも優しさは存在するという問題に向き合った。制作途中の仮題は「外の中」、続いて「心の外の中」だったが、最終的に「ひとりごと」となった[60]。藤原は、この曲を書くことで長く抱えていた問いに一つの決着が付き、気持ちが楽になったと述べている。2024年、直井は本作を回顧する中で「ひとりごと」を、自身が目指したベース表現へ踏み出し、音符の間隔をより高い解像度で捉え始めた例の一つに挙げた[26]。
- 飴玉の唄
- 2006年末に書かれ、「ハンマーソングと痛みの塔」に続いてアルバム初出曲の中では早い段階で制作された。藤原はギターを弾き、小さな声で歌いながら書いたと説明している[61]。この曲以降、弾き語りのデモを録る際に他のメンバーがブース内にいることを気恥ずかしく感じ、プリプロダクションで一人作業することが増えたという。
- アレンジでは、従来なら歪んだギターのコードストロークなどで感情を増幅していた可能性のある曲に対し、そうした定型的な方法を避けた。多数のギターや音色を試したものの、「いい音だから」「弾いていて気持ちいいから」という理由では残さず、曲の中に役割がないトラックは削除した。藤原は本作全体について、コードストロークを一度も行わない曲や、ドラムが「気持ちいいビート」をあえて叩かない曲があることを挙げ、「役割という意味では曖昧なことをしない」と説明しており、本曲はその制作思想を代表する例の一つである[61]。
- 2007年3月20日の録音では、藤原が古いマーティンのフォークギターを持ち込み、スタジオにあった約20本のギターから音色を比較した。ガットギター、リッケンバッカー、ジャズマスターなどを順に試し、「メインの音色が決まらないと何も動けない」「甘いのか辛いのかをはっきりさせる音にしないと」と考えながら約3時間にわたり音を探した。最終的に「抑揚を抑えながら、強い芯を響かせる音」を見つけると、アルペジオやストロークを続けて録音し、その日のうちに必要なギターパートを録り終えた[13]。
- 歌詞では「信じる」ことが中心的な主題となる。藤原は、信じることを単純な肯定語として扱うのではなく、不確実さや恐怖を伴う行為として正面から考えたと説明しており、「ひとりごと」における「優しさ」と並んで、容易に答えの出ない概念へ向き合った曲とされる[62]。
- 2008年のツアーでは、藤原が歌のリズムを前後へ動かしたりオンタイムへ置いたりしながら、他の3人へ「どう返してくるか」と働きかけるように歌っていた。本人は、他のメンバーを気持ちよく演奏させる場合もあれば、困らせる場合もあったと振り返っている[63]。
- プリプロでは直井が急性胃腸炎を患い、藤原が仮のベースパートを録音した[61]。直井の復帰後は、その仮演奏を完成形として踏襲するのではなく、バンド全員で楽曲が求めるベースの役割を改めて検討し、構築した[61]。
- なお、バンド結成28周年及びこのアルバムのリリース17周年を記念して、2024年にMVが制作され、公式YouTubeチャンネルにて公開された。
- アウトロの余韻が次の「星の鳥 reprise」に繋がっている。
- 星の鳥 reprise
- インストゥルメンタル。こちらも「星の鳥」と同様に「メーデー」の前奏の一部が使用されている[64]。
- アウトロの余韻が次曲「カルマ」と繋がっている。
- カルマ
- 10thシングル「supernova/カルマ」2曲目。
- arrows
- アルバム制作後期に完成した6分超の楽曲。藤原はまずアコースティックギター1本で弾き語れる形を作り、メンバーとスタッフが全員揃っていなかったプリプロの空き時間に、オルガン、エレキギターのアルペジオ、低音鍵盤などを一人で重ねた。ドラムを入れず、賛美歌のような響きを意識したその音源について、藤原自身はかなり完成度が高いと感じ、珍しく強い手応えを持ってメンバーへ提示した[65]。
- 一方、升と直井はそのプリプロからバンド演奏の完成形を容易に想像できず、藤原からはジャズを聴くよう促され、ディレクターからは別方向の参照例を示された。いったんは跳ねるリズムを正攻法のポップスとして録音したものの、藤原は不十分と判断した。その後、「ドラムセット」という固定観念を一度捨て、各パーツを組み立て直した上で一人の演奏として成立させるような解釈へ転換したことで、最終的なアレンジへ近づいた[65]。藤原はこの過程について、最初から正解が見つかる方が音楽では珍しく、時間をかけて探す必要があると語っている。
- 歌詞は口語的な言葉を多く詰め込んだ構成で、藤原自身は「ただ、完全におしゃべりですよねこの歌詞。おしゃべりな僕が、そのままになった感じの歌ですよね。」と語っている[65]。また「カルマ」と対にできる曲とも述べ、曲中の二人が出会い、荷物を交換し、時間を共にし、再び離れていく流れについて「ハローでありグッバイ」と表現している。また、歌詞中で三度現れる「一緒にここから離れよう」に相当する反復は、すべて意味が異なると説明した[44]。この点でも、同じ言葉が時間の経過と関係性の変化によって別の意味を帯びる構成となっている。
- アルバムでは「カルマ」に続き、「涙のふるさと」へ至る位置に置かれ、藤原は、制作時期の異なる曲同士が曲順によって新たな関係を持つ例として語った[66]。2008年のツアーでは、藤原がステージ上でアコースティックギターを持つ最初期の曲の一つとなり、会場ごとにモニター環境や客席の雰囲気が異なるため、イントロのタッチだけでもその日の演奏が決まる感覚があったという。実際に冒頭を間違えて演奏を止め、やり直した公演も複数回あったと振り返っている[63]。
- 涙のふるさと
- 11thシングル。
- flyby
- 「voyager」と同時に制作された対の楽曲で、伴奏の基礎は共通する一方、歌詞とメロディが異なる。藤原によれば、「voyager」とともに、すでに存在していた十数曲を一枚のアルバムとして機能させる意識を持って書いた唯一の曲であり、アルバムの終結部を担う[30]。
- 題名は、1979年のボイジャー1号による木星フライバイとも結び付く。藤原は、28年周期を「一周して終わる」ものではなく、一周した後も時間が続いていく感覚として捉えており、「voyager」と「flyby」はアルバムの前後から楽曲群を囲むことで、その循環と継続を示す役割を持ったと説明している[67]。直井は、両曲に挟まれたことで既発曲を含む収録曲が一斉に別の意味を持ち始めたと振り返り、升も制作終盤のわずかな作業でアルバム全体に統一感が生まれたと述べている[24]。
- 2008年の「ホームシップ衛星」では終盤の追加公演にて演奏され、その後も「WILLPOLIS 2014」や「TOUR 2017-2018 PATHFINDER」の大阪公演のアンコールのみで演奏され、演奏機会は限られた[68]。
- 2024年の「ホームシック衛星2024」では、新たな歌詞を一部加え、「voyager」と一続きに再構成した「Voyager,flyby」として本編最後に演奏された。間奏では特定の一人がソロを取るのではなく、4人全員が同時に強く主張しながらアンサンブルを形成する構成が採られた[39]。
- 隠しトラックに「ハテナッチセブンクエスチョンズ」が歌う「BELIEVE」(作詞・作曲:BUMP OF CHICKEN)が収録されている。隠しジャケットは升演じるレッサーの日記風となっており、歌詞は掲載されていない。
- メンバーの家で会議をするバンドがアドリブ・アカペラで即興演奏をするという内容の寸劇。曲中ではバンド名を決める話し合いの模様も収録されている。ジャケットにてバンド名「ハテナッチセブンクエスチョンズ」に決定したように書かれている。カップリング集「present from you」の隠しトラックにて正式には「トリプルミーミング」に決定していることがわかる。
- 役名は藤原がハテナッチ、増川がチョキオ、直井がアンディーヌ、升がレッサーパンダ。
クレジット
アルバムに付属されたブックレットより転載。日本語表記が確認出来ない部分に関しては原文ママとする。
参加ミュージシャン
BUMP OF CHICKEN
レコーディングスタッフ
- BUMP OF CHICKEN - プロデューサー
- MOR - プロデューサー
- 牧野英司 - レコーディング・エンジニア 、 ミキシング・エンジニア
- 藤倉裕美 - アシスタント・エンジニア
- 前田康二(Bernie Grundman MASTERING)- マスタリング・エンジニア
- 木本ヤスオ - シンセサイザー・プログラミング
- 田村亮司 (MOBY DICK) - ギター & ベース・テクニシャン
- Kentaro Seki(Team Actıve)- ギター & ベース・テクニシャン
- Izumi Arai(一口坂スタジオ)- スタジオ・ブッキング
- 浅田幸彦(LONGFELLOW)- レコーディング・マネジメント
アートスタッフ
- 藤原基央 - イラストレーション
- タイクーングラフィックス - アートディレクション、デザイン
- 鈴木浩之 - カバーCGイラストレーション
- 中代拓也 - バックカバーCGイラストレーション
- 半沢克夫 - 写真撮影
- YOSHIKO(SHIMA)- ヘアメイク
レーベルスタッフ・マネジメントスタッフ
- 野村達矢(LONGFELLOW)- ゼネラル・マネジメント
- 高橋浩章(LONGFELLOW)- アーティスト・マネジメント
- 森徹也(MOR) - A&R・ディレクター
- 吹野史斉(トイズファクトリー) - A&R
- Satomi Yatsuyanagi(トイズファクトリー) - A&R・アシスタント
- 井上誠(トイズファクトリー)- セールス・プロモーション
- 稲葉貢一(トイズファクトリー) - エグゼクティブ・プロデューサー
- 木崎賢治(LONGFELLLOW)- エグゼクティブ・プロデューサー
ライブ映像作品
| 曲名 | 作品名 |
|---|---|
| voyager | Iris[注 6][注 7] |
| BUMP OF CHICKEN TOUR ホームシック衛星2024 at Ariake Arena[注 7] | |
| 星の鳥 | BUMP OF CHICKEN GOLD GLIDER TOUR 2012 |
| RAY[注 8] | |
| Iris[注 6] | |
| BUMP OF CHICKEN TOUR ホームシック衛星2024 at Ariake Arena | |
| BUMP OF CHICKEN TOUR 2024 Sphery Rendezvous at TOKYO DOME[注 9] | |
| メーデー | →「メーデー#ライブ映像作品」を参照 |
| 才悩人応援歌 | Butterflies[注 10] |
| BUMP OF CHICKEN LIVE 2022 Silver Jubilee at Makuhari Messe | |
| Iris[注 6] | |
| BUMP OF CHICKEN TOUR ホームシック衛星2024 at Ariake Arena | |
| プラネタリウム | →「プラネタリウム#ライブ映像作品」を参照 |
| supernova | →「supernova#ライブ映像作品」を参照 |
| ハンマーソングと痛みの塔 | Butterflies[注 10] |
| Iris[注 6] | |
| BUMP OF CHICKEN TOUR ホームシック衛星2024 at Ariake Arena | |
| かさぶたぶたぶ | Iris[注 6] |
| BUMP OF CHICKEN TOUR ホームシック衛星2024 at Ariake Arena | |
| 花の名 | →「花の名#ライブ映像作品」を参照 |
| ひとりごと | BUMP OF CHICKEN 結成20周年記念 Special Live 「20」 |
| Iris[注 6] | |
| 飴玉の唄 | Iris[注 6] |
| BUMP OF CHICKEN TOUR 2024 Sphery Rendezvous at TOKYO DOME[注 11] | |
| 星の鳥 reprise | Iris[注 6] |
| BUMP OF CHICKEN TOUR ホームシック衛星2024 at Ariake Arena | |
| カルマ | →「カルマ#ライブ映像作品」を参照 |
| arrows | SOUVENIR[注 12] |
| BUMP OF CHICKEN TOUR ホームシック衛星2024 at Ariake Arena | |
| 涙のふるさと | →「涙のふるさと#ライブ映像作品」を参照 |
| flyby | Iris[注 6][注 7] |
| BUMP OF CHICKEN TOUR ホームシック衛星2024 at Ariake Arena[注 7] |
ツアー
BUMP OF CHICKEN 2008 TOUR "ホームシック衛星"
本作の発売約3週間後となる2008年1月10日から2月13日まで、全国ライブハウスツアー「BUMP OF CHICKEN 2008 TOUR "ホームシック衛星"」を開催した。初日のZepp Tokyo 2日間公演を皮切りに、最終日の岐阜CLUB-Gまで全22公演が行われた[69]。アルバム発売直後に比較的小規模な会場を連続して回る構成で、後述するアリーナツアー「ホームシップ衛星」と一続きの活動として企画された。
ツアータイトルはメンバーによる言葉遊びから生まれた。藤原の説明によれば、複数の単語を紙に書いて無作為に広げ、その中から組み合わせを考える過程で「ホーム」「シック」「衛星」が結び付き、「衛星がホームシック」という発想を面白がって「ホームシック衛星」とした[4][28]。
初日のZepp Tokyo公演について、藤原は後年、ツアーへの期待が先行した結果、感情的になり過ぎて一つひとつの音符を丁寧に扱えなかったという反省が残ったと述べている。その後の公演では、単純な「熱い」「冷静」という二分法では捉えられない感情の中で演奏しながら、各音をより大切に扱うことを意識したという[70]。この反省は、ツアー全体を通じて演奏のあり方を見直す契機になった。
同公演には藤原の友人である岡田義徳も来場していた。2008年6月号の『ROCKIN'ON JAPAN』で行われたRADWIMPSの野田洋次郎との対談で、岡田は「ホームシック衛星」初日のZepp Tokyo公演を観たと明かしている[注 13]。岡田と野田はいずれも藤原と共通の友人であり、同対談ではこの交友関係を介してBUMP OF CHICKENの公演を観た経験が語られた[71]。
開演時には、従来から使用しているザ・フーの「A Quick One, While He's Away」に続いて「星の鳥」を流し、その後にメンバーが登場する演出が採られた。藤原は、「星の鳥」が会場に流れた瞬間の観客の反応によって、自分たちが『orbital period』のツアーを行っていることを強く実感したと語っている[72]。アルバム本編において物語世界への入口を担う楽曲を、実演の場でも公演全体への導入として用いる構成だった。
セットリストは『orbital period』収録曲を軸にしながら、「ラフ・メイカー」「アルエ」「ギルド」など過去曲も組み込んだ。藤原によれば、セットリストの大枠は他のメンバーとスタッフが中心となって組み、自身は喉への負荷などを確認しながら意見を加えた。アルバムとは異なる順序で曲を配置することで、録音作品では生じなかった楽曲同士の関係や意味が公演ごとに立ち上がったと振り返っている[73]。
藤原は富山公演後に風邪をひき、咳や喉の不調を抱えながら公演を続けた[74]。後年の回顧によれば、風邪の諸症状が治まった後も気管の炎症や咳が残り、声帯が腫れた状態で歌唱を続け、その不調を後述する「ホームシップ衛星」にも持ち越したという[75]。最終日の岐阜公演では喉が限界に近いことをMCで明かし、歌唱の代わりにハーモニカを演奏する場面もあった。藤原は当時、通常時の自分を10とすれば残された力が1しかなくても、その1を余さず使い切れているかを考えながらステージに立ったと回想し、万全ではない状態を嘆くのではなく、その時点で可能な表現をすべて観客へ届けることに向き合ったツアーだったと説明している[75]。 2024年の再演時には、2008年に十分な声で歌えなかった「飴玉の唄」や「arrows」を現在の状態で歌い切れたことを挙げ、リベンジを目的に企画したわけではないものの、結果として「16年前の俺の仇をとる」ような個人的達成感も得たと述べている[75]。
日程
| 日程 | 都道府県 | 会場 |
|---|---|---|
| 1月10日 | 東京都 | Zepp Tokyo |
| 1月11日 | ||
| 1月14日 | 北海道 | 帯広 MEGA STONE |
| 1月15日 | 旭川 CASINO DRIVE | |
| 1月18日 | 青森県 | 青森 QUARTER |
| 1月19日 | 秋田県 | 秋田 Club SWINDLE |
| 1月21日 | 岩手県 | 盛岡 CLUB CHANGE WAVE |
| 1月22日 | 福島県 | 郡山 Hip Shot Japan |
| 1月24日 | 富山県 | 富山 CLUB MAIRO |
| 1月25日 | 福井県 | 福井 響のホール |
| 1月27日 | 京都府 | KBSホール |
| 1月28日 | ||
| 1月30日 | 愛媛県 | 松山市総合コミュニティセンター キャメリアホール |
| 1月31日 | 高知県 | 高知 BAY5 SQUARE |
| 2月2日 | 岡山県 | 岡山 CRAZYMAMA KINGDOM |
| 2月3日 | 鳥取県 | 米子 BELIER |
| 2月6日 | 鹿児島県 | 鹿児島 CAPARVO HALL |
| 2月7日 | 熊本県 | 熊本 BATTLE-STAGE |
| 2月9日 | 大分県 | 大分 T.O.P.S |
| 2月10日 | 長崎県 | 長崎 ncc&スタジオ |
| 2月12日 | 愛知県 | Zepp Nagoya |
| 2月13日 | 岐阜県 | 岐阜 CLUB-G |
BUMP OF CHICKEN 2008 TOUR "ホームシップ衛星"
「ホームシック衛星」終了から10日後の2008年2月23日より、全国ツアー「BUMP OF CHICKEN 2008 TOUR "ホームシップ衛星"」を開始した。幕張メッセ 国際展示場9・10・11ホール2日間公演を皮切りに、7月5日の宜野湾海浜公園 野外劇場まで全19公演が行われた[76]。前ツアーとは会場規模が大きく異なり、バンドにとって初めてアリーナ規模の会場のみを巡る長期ツアーとなった。
タイトルは「ホームシック衛星」の命名時に用いた単語群にあった「シップ」を転用したもの。ライブハウスツアーからアリーナツアーへ移ることを踏まえ、「ホームシック衛星」と対を成す「ホームシップ衛星」と名付けられた[4]。
初日となった2月23日の幕張メッセ公演は、春一番に伴う強風で首都圏の交通機関が大きく乱れた影響を受けた。会場への主要経路となる鉄道にも運休・遅延が生じ、主催側は来場者の到着を待つため開演を約1時間遅らせた[77][78]。アンコールでは当初の進行に含まれていなかった「K」が演奏された。ちなみに、この幕張初日にも岡田義徳が来場していた[71]。
開演演出では「ホームシック衛星」で用いた「星の鳥」を発展させ、大型ビジョンに映像を上映した。藤原は袖のモニターで映像を見ながら客席の歓声や拍手を聞き、「あそこで毎回泣きそうになって」いたと述べている。自身たちにしか意味を持たないと思っていた物語を観客が喜んで受け止めることに、強い感動を覚えたという[72]。アルバムの物語モチーフを単なる開演SEではなく、アリーナ空間全体を包む視覚演出へ拡張した点が「ホームシック衛星」との大きな違いだった。
セットリストは『orbital period』収録曲を広く配置し、「星の鳥」で幕を開け、「メーデー」「才悩人応援歌」へ続いた後、「ハンマーソングと痛みの塔」「ひとりごと」「花の名」「arrows」「飴玉の唄」「かさぶたぶたぶ」などを演奏した。終盤では「星の鳥 reprise」「カルマ」「flyby」を用いてアルバム後半のモチーフをライブ用に再構成したほか、「ラフ・メイカー」「アルエ」「ギルド」「ダイヤモンド」「天体観測」など過去曲も組み込まれた。藤原は、アルバムとは異なる順序で楽曲を演奏することで、曲と曲の間に新たな感情や意味が生まれたと振り返っている[72]。
会場規模が拡大した一方、藤原はアリーナだから特別な表現へ変えるという意識ではなく、その日の観客へ一音ずつ届けることを重視したと説明している。2008年のツアー回顧では、初日Zepp Tokyoでの反省を経て、同じ曲順であっても公演ごとに感情と演奏が変化し、その変化を受け入れながら一つひとつの音を扱うようになったと語った[72]。
4月12日の朱鷺メッセ公演は藤原の29歳を祝う公演となり、リハーサルではケーキが運ばれ、藤原へのプレゼント交換会が行われた。また、藤原には内緒で「祝・藤原29歳Tシャツ」を販売した[79]。
ツアーと並行して、バンドは初のシングル・カップリング集『present from you』の制作を進めた。同作は以前からメンバーが実現を望んでいた企画で、当初は既発カップリング12曲のみで構成される予定だったが、タイトルが「present from you」に決定した際、藤原が『THE LIVING DEAD』制作時に書き、「Opening」と「Ending」へ分割して使用していた未発表曲「プレゼント」の存在を思い出した。藤原は『orbital period』を完成させた今ならカップリング集を出す時期であり、この曲を録音するのも「今しかない」と考え、約9年前の歌詞と言い回しを変えずに4人で新録することを決めた[80]。
「プレゼント」はツアー中に完成し、5月18日のさいたまスーパーアリーナ公演で発売前に披露された。その後、カップリング12曲と同曲を収録した『present from you』が6月18日に発売され[81]、ツアー終盤は『orbital period』を携えた公演と、過去のカップリング曲を再提示する作品のリリースが並行する時期となった。2008年の活動は、最新アルバムの世界を大規模会場で展開する一方、約9年前の未発表曲を現在の4人で完成させ、過去の楽曲群を改めて世に送り出すという、バンドの現在と過去が交差する局面でもあった。
一方、藤原は「ホームシック衛星」終盤に患った風邪の影響を本ツアーにも持ち越していた。2024年の回顧では、咳や気管の炎症が残り、声帯が腫れた状態で歌唱を続けたため、望んだ長さでロングトーンを維持できないなど強い悔しさがあったと明かしている。それでも、仮に普段の能力を「100」とした時に残された「10」を隅々まで使い切ることを考え、ステージに立つ意味や観客へ届けることに当時までで最も深く向き合ったツアーだったと振り返った[75]。さらに、藤原はライブハウスツアーからアリーナツアーを経て沖縄へ至る半年近い日程を「長いツアー」だったと述べ、帯広、旭川など冬の土地から、最終的に真夏の沖縄へ向かう移動の感覚も印象的だったと語っている。ツアー中にはスタッフが作成した行程表の日本地図に、その日あった出来事や食事、雪の中で履いていた靴の不便さなどを一言ずつ書き込んでいたという[74]。
最終公演となった沖縄・宜野湾海浜公園野外劇場では喉の状態が回復し、それ以前の公演と比べて歌唱が容易になったことで、藤原はかえって「本来はこう歌えたはずだった」という悔しさを再認識したという[75]。この経験は16年後の「ホームシック衛星2024」を迎える際にも本人の中に残り、同ツアーで過去の自分の「仇を取る」という感覚につながった[75]。
2008年5月18日のさいたまスーパーアリーナ公演を中心としたライブ映像とツアー・ドキュメントは、2008年7月25日にNHK衛星ハイビジョンで「スーパーライブ BUMP OF CHICKEN〜present from you〜」として放送された。ナレーションは長澤まさみが担当し、ツアーの舞台裏とともに「花の名」「天体観測」「supernova」などのライブ映像が放送された[82]。同番組は同年8月9日にNHK BS2でも放送され、翌2009年5月にはNHK BShiで再放送された[82][83]。
日程
| 日程 | 都道府県 | 会場 |
|---|---|---|
| 2月23日 | 千葉県 | 幕張メッセ 国際展示場9・10・11ホール |
| 2月24日 | ||
| 3月6日 | 大阪府 | 大阪城ホール |
| 3月7日 | ||
| 3月17日 | 愛知県 | 日本ガイシホール |
| 3月18日 | ||
| 3月22日 | 宮城県 | ホットハウススーパーアリーナ |
| 4月5日 | 石川県 | 石川県産業展示館4号館 |
| 4月12日 | 新潟県 | 朱鷺メッセ |
| 4月19日 | 北海道 | 北海道立総合体育センター きたえーる |
| 4月29日 | 広島県 | 広島グリーンアリーナ |
| 5月5日 | 福岡県 | マリンメッセ福岡 |
| 5月6日 | ||
| 5月10日 | 静岡県 | エコパアリーナ |
| 5月17日 | 埼玉県 | さいたまスーパーアリーナ |
| 5月18日 | ||
| 5月30日 | 大阪府 | 大阪城ホール |
| 5月31日 | ||
| 7月5日 | 沖縄県 | 宜野湾海浜公園 野外劇場 |
BUMP OF CHICKEN TOUR ホームシック衛星2024
2024年2月11日から4月25日まで、バンド結成28周年を記念したアリーナツアー「BUMP OF CHICKEN TOUR ホームシック衛星2024」を開催した。2008年の「ホームシック衛星」を16年後に再構築した、バンド初のリバイバルツアーである。初日は、4人が初めて公の場で演奏した1996年2月11日を基準とする結成記念日に設定された[37]。
開催理由は『orbital period』の核となった28年周期と直接結び付いている。2007年にはメンバー4人それぞれが28歳を迎えたのに対し、2024年にはBUMP OF CHICKENというバンドそのものが結成28周年を迎えたため、メンバーは「看過できない」節目として再び「ホームシック衛星」を行うことを決めた[4][37]。
ツアーは結成28周年記念日の2月11日から全国8会場16公演で行われ、合計約15万人を動員し、4月24日・25日の有明アリーナ公演で終了した[37]。10thアルバム「Iris」の初回限定盤には有明アリーナ公演2日目の模様を収録したBlu-rayが付属されている。また、2025年2月10日には、有明アリーナ公演初日を収録した映像作品『BUMP OF CHICKEN TOUR ホームシック衛星2024 at ARIAKE ARENA』が発売された。
日程
PV集
| 『orbital period』 | ||||
|---|---|---|---|---|
| BUMP OF CHICKEN の ミュージック・ビデオ | ||||
| リリース | ||||
| ジャンル | J-POP | |||
| 時間 | ||||
| レーベル | トイズファクトリー | |||
| チャート最高順位 | ||||
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| ゴールドディスク | ||||
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| BUMP OF CHICKEN 映像作品 年表 | ||||
| ||||
BUMP OF CHICKENの4作目のPV集。2008年5月14日にトイズファクトリーから発売された。
解説
「涙のふるさと」の監督は山崎貴。それ以外の全てのPVの監督は番場秀一。同名のアルバム『orbital period』の曲を中心に収録。
特典として、ポストカードとステッカーが封入されている。また、翌月発売のアルバム『present from you』との連動プレミアム・グッズ応募抽選券も封入されている。「ALL PLAY」で見ると、「星の鳥」エディット映像に続きダイレクトで「メーデー」が再生される。
隠し映像として、アルバムの隠しトラックである「BELIEVE」の映像版を見ることができる。(但し升の顔しか映っておらず、他3人のメンバーの顔は意図的に隠されている。)
収録曲
- メーデー
- 音源はシングルバージョンである。2008年度のSPACE SHOWER Music Video Awardsの「BEST YOUR CHOICE」部門において、「花の名」に次ぐ2位を獲得している。
- 花の名
- 「メーデー」と同一の子役が出演している。SPACE SHOWER Music Video Awardsで2008年度「BEST VIDEO OF THE YEAR」「BEST YOUR CHOICE」「BEST GROUP VIDEO」を受賞した。同一年での3冠達成は史上初である。
- プラネタリウム
- supernova
- カルマ
- メンバー全員に対してそれぞれの「もう一人の自分」が登場している。テイルズ オブ ジ アビスと多少リンクされている。通常版シングルのジャケットとも連動している。
- 涙のふるさと
- ギルド
- 4thアルバム『ユグドラシル』の収録曲。2006年9月に無声映像作品『人形劇ギルド』としてリリースされる際に製作されたもの。『人形劇ギルド』の映像と2006年3月に行われた代々木第一体育館でのライブ映像を組み合わせたものである。