PAX3
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PAX3(paired box 3)は、PAXファミリーに属する転写因子であり[5]、ヒトではPAX3遺伝子によってコードされる。PAXファミリーはヒトでは9種類のメンバー(それぞれPAX1からPAX9)によって構成され、さらに4つのサブファミリーに分類される。PAX3はPAX7とともに1つのサブファミリーを構成しており、両者は高い相同性を有する。ヒトのPAX3遺伝子は2番染色体2q36.1領域に位置し、長さは約100 kbで10個のエクソンから構成される。
PAX3には、転写産物の選択的スプライシングやプロセシングによって生み出された複数のアイソフォームが存在することがmRNAレベルで確認されている[6]。PAX3eは最も長いアイソフォームであり、10個のエクソンから構成され505アミノ酸からなるタンパク質をコードしている。マウスなど他の哺乳類では、最も長いmRNAはヒトのPAX3cやPAX3dに相当するものであり、それぞれPAX3遺伝子の最初の8個、もしくは9個のエクソンから構成されている。短いアイソフォームにはエクソン8をスキップするもの(PAX3g、PAX3h)や、4個もしくは5個のエクソンから構成されるもの(PAX3a、PAX3b)がある。各アイソフォームの発現の比較が行われた数少ない研究では、PAX3dが最も高いレベルで発現しているとされている。PAX3dのpaired boxモチーフにはグルタミン(Q)残基が存在する(Q+)が、PAX3iはこの残基が存在しない(Q−)点のみが異なる。両者はエクソン3の5'末端のCAG配列が組み込まれるかどうかの選択的スプライシングによって生じたものであり[7]、この選択的スプライシングは高頻度であるためQ+、Q−アイソフォームは細胞内で常に共に発現している。DNA結合や転写活性化作用は、Q+アイソフォームはQ−アイソフォームと同等もしくはより弱い。また、PAX3c、PAX3d、PAX3hは細胞成長などの活性を刺激するのに対し、PAX3eやPAX3gはこうした活性を阻害する。PAX3aやPAX3bはいかなる活性も示さないか、もしくは阻害的影響を及ぼす[8]。
タンパク質構造と機能

PAX3遺伝子にコードされるPAX3タンパク質は転写因子として機能し、この転写因子のN末端のpaired box(PB)モチーフはPAX3遺伝子のエクソン2、3、4に、そしてオクタペプチドとホメオドメイン(HD)がエクソン5、6に[9]、そしてC末端の転写活性化ドメインがエクソン7、8にコードされている。PBは高度に保存された128アミノ酸からなる領域で、TCACGC/Gモチーフと関連したDNA配列に結合する[10]。HDは多くの場合約60アミノ酸から構成され、TAATモチーフを含む配列に結合する[11]。これら2つのDNA結合ドメインによって、PAX3タンパク質はPB結合配列とHD結合配列の双方を含む長い配列の認識が可能となっている[12]。PAX3のC末端にはプロリン、セリン、スレオニン(PST)に富む78アミノ酸の領域が存在し、転写活性を刺激する機能を果たしている[13]。また、HDとN末端領域(PBの前半部を含む)には転写抑制ドメインも存在し、C末端の転写活性化ドメインの機能を抑制する役割を果たしている[14]。
PAX3は標的遺伝子の大部分に対しては転写アクチベーターとして機能するが、一部に対しては抑制を行っている可能性がある[15]。こうした遺伝子発現の変化はPAX3が特異的な認識配列に結合することで引き起こされており、こうした配列はゲノム上のさまざまな位置に存在している[16]。PAX3結合部位の一部は標的遺伝子の5'末端のプロモーター、1番目のイントロン、3' UTRなど、遺伝子の内部や近傍に位置しているが、標的遺伝子の上流や下流の大きく離れた位置に存在しているものもかなりの数を占める。PAX3の標的となっている遺伝子群は、第一に筋肉の発生と関連した遺伝子群、第二に神経やメラノサイトの発生と関連した遺伝子群である。PAX3の標的遺伝子にコードされているタンパク質は、これらの細胞系譜において分化、増殖、遊走、接着、アポトーシスなどさまざまな機能的活性を調節する役割を果たしている[8]。
PAX3は他の核内タンパク質と相互作用し、こうした相互作用によってPAX3の転写活性は調節されている。PAX3が他のPAX3分子もしくはPAX7と二量体化することにより、回文型のHD結合部位への結合が可能となる[17]。また、PAX3と他の転写因子(SOX10など)やクロマチン因子(PAX3/7BPなど)との相互作用は、PAX3標的遺伝子の相乗的活性化を可能にする[18][19]。対照的に、Calmyrinなどへの結合によってPAX3標的遺伝子の活性化は阻害される[20]。これらは標的遺伝子のクロマチン構造を変化させてPAX3によるDNA結合部位の認識を阻害しているか、もしくはPAX3の転写活性を直接的に変化させることで機能していると考えられている。
PAX3タンパク質の機能は、翻訳後修飾によっても調節されている場合がある。PAX3はセリン201番、205番、209番がGSK3bなどのキナーゼによってリン酸化され、こうした修飾によって一部の条件下ではPAX3タンパク質の安定性は高まる[21][22]。他にも、リジン437番、475番がユビキチン化やアセチル化を受けることでタンパク質の安定性や機能が調節されている[23][24]。
代表的なPAX3標的遺伝子
| 分類 | 名称 | 活性 |
|---|---|---|
| 細胞接着分子 | NRCAM | 細胞間接着 |
| ケモカイン受容体 | CXCR4 | 運動性 |
| 受容体型チロシンキナーゼ | FGFR4 | 増殖、分化、遊走 |
| MET | 増殖、分化、生存 | |
| RET | 増殖、遊走、分化 | |
| 転写因子 | MITF | 分化、増殖、生存 |
| MYF5 | 分化 | |
| MYOD1 | 分化 |
発生過程における発現
発生過程においてPAX3を発現する主要な細胞系譜の1つが、骨格筋系譜である[25]。PAX3の発現はまず体節分節前の沿軸中胚葉に観察され、その後、体節の背側を形成する皮筋板に限定されるようになる。中心部の体節での骨格筋形成においては、PAX3を発現している細胞は皮筋板から離れ、その後MYF5やMYOD1の発現が活性化されるにつれてPAX3の発現はオフとなる。その他の骨格筋の形成においては、PAX3発現細胞は皮筋板から離れて四肢や横隔膜などより遠隔部位へ移動する。こうした皮筋板由来のPAX3発現細胞の一部は、胎児の発生時の骨格筋成長のための前駆細胞のプールとしても機能する。より後の発生段階においては、PAX3やPAX7を発現している筋原性前駆細胞は骨格筋内の衛星細胞を形成し、出生後段階での筋成長や筋再生に寄与する。こうした衛星細胞は筋損傷が起こるまでは静止状態に維持されており、損傷によって刺激されて分裂し、筋の再生を行う[8]。
PAX3は神経系の発生にも関与している[26]。PAX3の発現は神経溝の背側領域に検出され、神経溝から神経管が形成されると、PAX3は神経管の背側部分に発現する。神経管が拡大するとPAX3の発現は脳室帯の分裂中細胞に限定されるようになり、これらの細胞がより表面の領域へ移動するにつれて発現はオフとなる。また神経管の発生の進行とともに、PAX3の発現は頭側から尾側方向へオフになっていく[8]。
初期発生時には、PAX3の発現は神経板の側方および後部の縁で観察され、この領域から神経堤が生じる[27]。PAX3はその後、メラノブラスト、シュワン細胞前駆細胞、後根神経節など、神経堤由来のさまざまな細胞腫や構造で発現する。神経堤由来のPAX3発現細胞は、内耳、下顎骨、上顎骨などその他の構造の形成にも寄与する[28]。PAX3は鼻根点の位置を制御しており、眉毛叢生とも関連している[29]。
生殖細胞系列変異
マウスでは、Pax3遺伝子の生殖細胞系列変異は、splotchと呼ばれる表現型を引き起こす[30][31]。この表現型は、点変異もしくは欠失によるPax3の転写機能の変化もしくは喪失を原因としている。ヘテロ接合型変異では、splotch表現型は腹部、尾、足の白い斑点によって特徴づけられる。こうした白斑は、神経堤細胞の欠陥によって、色素を形成するメラノサイトが局所的に不足することが原因となっている。ホモ接合型のPax3変異は胎生致死となり、顕著な神経管閉鎖障害や、メラノサイト、後根神経節、腸管神経節といった神経堤由来の構造の異常と関連している。また、心臓神経堤細胞の喪失に伴う心奇形も観察される。これらの細胞は通常は心臓の流出路の形成や神経支配に寄与している。ホモ接合型では四肢の筋肉構造の正常な発生が行われず、体軸筋にもさまざまな異常がみられる。こうした筋肉への影響は、皮筋板における筋原性前駆細胞の細胞死の増大や皮筋板からの遊走の低下が原因となっている[8]。
ヒトでは、PAX3遺伝子の生殖細胞系列変異はワーデンブルグ症候群(WS)の原因となる[32]。ワーデンブルグ症候群はWS1からWS4の4種類のサブタイプからなり[33]、中でもWS1とWS3は多くの場合PAX3の変異が原因となっている。難聴、視力や色素形成の異常は4つのサブタイプ全てに共通しているが、WS1はこれらに加えて眼角開離と呼ばれる顔面中央部の変化を伴うことが多く、WS3は上肢の骨格筋系の異常を伴うという特徴を有することが多い。WS1症例の大部分はPAX3のヘテロ接合型変異が原因となっているのに対し、WS3はPAX3遺伝子や隣接する遺伝子の部分欠失や全欠失、もしくはより小規模な変異がヘテロ接合型やホモ接合型で生じることが原因となっている。ミスセンス変異、ナンセンス変異、スプライシングに影響を及ぼす変異、小さな挿入や、小さな欠失や全欠失がWS1やWS3の原因となるが、変異は特定の箇所で集中的に発生しているわけはない。しかしながらエクソン2から6に生じていることが多く、中でもエクソン2の変異が最も多い。これらのエクソンはpaired boxやホメオドメインをコードしているため、変異によってDNA結合機能に影響が生じていることが多い[8]。
ヒトのがんにおける変異
胞巣型横紋筋肉腫(ARMS)は、小児に発生するアグレッシブな軟部肉腫であり、多くの場合t(2;13)(q35;q14)染色体転座によって特徴づけられる[34][35]。このt(2;13)転座ではPAX3遺伝子とFOXO1遺伝子が切断されて両者の一部ずつが連結され、PAX3-FOXO1融合タンパク質をコードするPAX3-FOXO1融合遺伝子が形成される[36]。PAX3とFOXO1はどちらも転写因子であるが、この転座によって生じる新たな転写因子は、N末端にPAX3のDNA結合ドメイン、C末端にFOXO1のトランス活性化ドメインを有する。またARMSの少数症例は、PAX7とFOXO1、もしくはPAX3とNCOA1など他の転写因子遺伝子といったあまり一般的でない遺伝子融合と関連している[37][38]。野生型PAX3タンパク質と比較して、PAX3-FOXO1融合タンパク質はPAX3の標的遺伝子をより強力に活性化する[14]。ARMS細胞では、多くの場合PAX3-FOXO1は転写アクチベーターとして機能しており、下流の標的遺伝子の発現を過度に上昇させている[39][40]。さらに、PAX3-FOXO1はMYOD1、MYOG、MYCNに加え、CHD4、BRD4などクロマチン構造タンパク質とも結合し、一部の標的遺伝子の近傍においてスーパーエンハンサーの形成に寄与する[41]。こうした標的遺伝子の調節の異常は、細胞増殖、細胞死、筋分化、遊走に影響を及ぼすシグナル伝達経路の変化を引き起こすことで、腫瘍形成に寄与する。
筋系と神経系双方への分化と関連する低グレードの成人型腫瘍である多形質性副鼻腔肉腫(biphenotypic sinonasal sarcoma、BSNS)では、PAX3遺伝子とMAML3遺伝子が融合するt(2;4)(q35;q31.1)転座が生じている[42]。MAML3はNotchシグナル伝達に関与している転写コアクチベーターである。PAX3-MAML3融合タンパク質はN末端にPAX3のDNA結合ドメイン、C末端にMAML3のトランス活性化ドメインを持ち、PAX3結合部位を有する標的遺伝子に対する強力なアクチベーターが形成される。またBSNS症例の一部ではMAML3が関与しないPAX3の組換えが生じており、こうした症例のいくつかではPAX3-NCOA1やPAX3-FOXO1といった融合遺伝子が生じている[43][44]。PAX3-NCOA1やPAX3-FOXO1といった融合遺伝子形成はARMSとBSNSのどちらでもでみられる一方で、活性化される下流の標的遺伝子のパターンは両疾患で異なっており、こうした融合型転写因子によるアウトプットの調節には細胞環境が重要な役割を果たしていることが示唆されている。
PAX3関連融合遺伝子を伴う腫瘍以外にも、野生型のPAX3遺伝子を発現する腫瘍もいくつか存在する。こうしたPAX3発現腫瘍の一部は、正常な発生過程においてPAX3を発現する発生系譜に由来することで説明される。例を挙げると、神経管由来の系譜と関連したがん(膠芽腫など)や、神経堤由来の系譜(悪性黒色腫など)、筋系譜(胎児型横紋筋肉腫など)のがんでPAX3の発現がみられる[45][46][47][48]。一方で、乳がんや骨肉腫など、PAX3を発現する発生系譜との明確な関連性のないがんの種類においてもPAX3の発現がみられる場合もある[49][50]。こうした野生型PAX3を発現するがんでは、PAX3は細胞増殖、アポトーシス、分化や運動性の制御に影響を及ぼしている[45][46]。このように野生型PAX3も腫瘍形成やプログレッションを調節する役割を果たしており、その役割は正常な発生過程におけるPAX3の役割と関連したものである可能性がある。