キャリアの初期には、日本の長崎、西海橋の商業施設のコンペに参加し優勝している(1989年)[4]。また、フランスにおける代表建築作品は、ロデーズの「スラージュ美術館(フランス語版)」(2008年設計、2014年5月30日開館、Gilles Trégouët との共作) や、ネグルプリス(フランス語版)の「ラ・キュイジーヌ(フランス語版)」(2009年設計、2014年6月14日開業)などがある[3]。しかし、RCRのキャリアの中心は、スペイン、それも地元カタルーニャの狭い地域にある[3][4]。彼らが始めてミース・ファン・デル・ローエ賞(英語版)にノミネート(2001年)された作品は、やはりジローナ県のリウダウラ(カタルーニャ語版)の文化レクリエーションセンターであった[4]。RCRがプリツカー賞に値すると評価された理由の一つは、彼らが地方の価値観と国際的な価値観の両立の可能性を示唆したことにあった[3][5]。RCRは2017年現在までに、文化的な施設や教育施設を公共/私設を問わず設計してきたが[4][5]、プリツカー賞の審査員によると、彼らは、建築が各々の土地のコンテクストに沿ったものとなるように、その土地と空間が語りかけるものにコミットメントしてきた、という[5]。
2000年にRCRは、オロットの公営陸上競技場(Estadio de Atletismo Tussols-Basil)を設計した(照明塔や着替え室などがある建物も含む)[6]。RCRは、陸上競技場が移設される前にあったオークの森を切り開くのではなく、連続する森と島状の森との間を縫って400メートルトラックが走るよう注意深くトラックを配置することにより、森とトラックとの間の関係性を創造した[6]。
- Estadio de Atletismo Tussols-Basil por RCR Arquitectes
RCRの作品「オロットの陸上競技場」やその設備のデザインは、2000年にカタルーニャ州の建築に関連する賞(Prix FAD)を受賞し、2003年にはミース・ファン・デル・ローエ賞(英語版)の最終選考にも残った[7]。バルセロナの建築批評家ジュゼップ・マリア・モンタネリ・マルトレル(カタルーニャ語版)は、この陸上競技場について、RCRが古代オリンピアで行われていた競技の清々しさや素朴さを再創造し、スポーツをする場所の原点が森の開けたところにあったということを再認識させたと評した[7]。RCRが建築作品を通して示した抽象的な環境との関連性は、時間を超越する幾何学と有機物の多様性とによって導き出されたものであり、禅思想のエッセンスであると論評されたこともある[7]。