Save Our Soul
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| 『Save Our Soul』 | ||||
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| 原田真二&クライシス の スタジオアルバム | ||||
| リリース | ||||
| 録音 | Moon Child Studio | |||
| ジャンル | J-POP・ロック | |||
| 時間 | ||||
| レーベル | フォーライフ・レコード | |||
| プロデュース | SHINJI HARADA | |||
| チャート最高順位 | ||||
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| 原田真二&クライシス アルバム 年表 | ||||
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| 『Save Our Soul』収録のシングル | ||||
『Save Our Soul』(セイブ・アワー・ソウル)は、1983年7月21日にリリースされた原田真二&クライシスのアルバムであり、原田真二にとって6作目のスタジオ・アルバム。
約1年に及ぶアメリカ音楽留学から帰国し、古巣フォーライフ・レコードに戻っての第1弾アルバムが本作 『Save Our Soul』(頭文字を取って「S.O.S.」とも呼ばれた)である。
先行シングル「雨のハイウェイ」では、久しぶりに松本隆と組み、ザ・ベストテンのスポットライトのコーナーにも登場するなど再開をアピール。
脱アイドルを望みロックにこだわっていた力みはとれ、将来的に海外での活動も視野に入れアメリカに渡っていた原田は、グローバルな視点から 「日本人としてのポップスを見直したい[1]」 と発言。
アメリカ留学時は有線放送かけっぱなし状態など、積極的に時代との接点を探りつつも、日本人としての個性を取り入れるべく和楽器の音色(琴・和太鼓等)を研究。
洋楽的発想に和を融合させたような独自の音楽を模索し、実験を試みている。ちなみに、帰国直後、和的なM-4「愛歌」はワコト・ポップ。ダンサブルなB-1「Make You Feel Good」は「シン・ディスコ」という仮タイトルが付けられていた。
この時代を振り返り、「かなりポップな方向性がまた見えてきたのではないでしょうか[2]」と記している。
アルバムジャケットはモノクロで(スネから下)足のアップに、赤でSAVE OUR SOULという文字。原田自身「仰天のジャケット[2]」と表現している(この足はモデルを起用)。