St. Gallen Symposium

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ザンクトガレン・シンポジウムドイツ語: St. Gallen Symposium)は、スイスザンクトガレン大学キャンパスで毎年5月に開催される国際会議である。1969年に同大学の学生によって設立された国際学生委員会Internationales Studenten-Komitee、略称: ISC)が主催しており、ビジネス・政治・学術・市民社会の世代間対話をテーマとしている[1]。約1,000名の参加者が集い、ビジネス・政治・学術分野のリーダー約600名、選抜された学生約200名、メディア関係者約100名で構成される[2]

創設の経緯

1969年、ザンクトガレン大学(当時はザンクトガレン商科大学、HSG)の学長フランチェスコ・クネシャウレク(Francesco Kneschaurek)は、1968年の学生運動の影響で悪化した大学の評判を改善するため、外国人留学生の代表に建設的な取り組みを依頼した。これは、キャンパス増築のための住民投票を控えていたことも背景にあった[3]

ドイツ出身のヴォルフガング・シューラー(Wolfgang Schürer)は、トップマネジメントとの国際会議を提案。オランダ出身のクレメンス・エルンスト・ブレニンクマイヤー(Clemens Ernst Brenninkmeyer)、オーストリア出身のフランツ・カール・クリーグラー(Franz Karl Kriegler)、スイス出身のウルス・シュナイダー(Urs Schneider)、ノルウェー出身のテリエ・I・ヴェルナー=ハンセン(Terje I. Wølner-Hanssen)とともに、5か国の国籍にちなんで「国際学生委員会」(ISC)を設立した[4]

第1回シンポジウム

1970年6月30日から7月1日にかけて、第1回「国際経営対話」(Internationales Management Gespräch)がザンクトガレン大学で開催された。学生100名と各国のビジネスリーダーが参加し、20か国から約200名が集った[5]

発展

1972年の第3回シンポジウムには、ローマクラブのアウレリオ・ペッチェイが参加した[要出典]

1974年、第一次オイルショックによる世界的な経済不況と学生組織の継続性の問題から、シンポジウムは一時中断された。これを受けて、シンポジウムの継続性を保証するためザンクトガレン国際研究財団St. Galler Stiftung für Internationale Studien)が設立された[4]。同年、支援者サークルCircle of Benefactors)も創設され、2008年時点で約400社が参加している[2]

大学アーカイブには、1970年から2010年までの文書、画像、音声・映像記録がデジタル化されて保存されている[6]

組織

シンポジウムは、ザンクトガレン大学の公認団体であるISCが主催する独立した非営利組織である。ISCは約25名の学生で構成され、約10か月間を準備に費やす。イベント当日には200名以上の大学生がボランティアとして運営を支援する[2]

ISCはザンクトガレン国際研究財団の指導・支援を受けている。同財団はシンポジウムの品質保証と専門的な運営管理を担当する。財源は支援者サークル(約400社)からの拠出金、物品・サービスの寄付、参加費、およびザンクトガレン大学からの支援で賄われている[2]

主要スポンサーにはUBSスイス・リーBMWマイクロソフトなどが含まれる[3]

プログラム

シンポジウムは通常2〜3日間にわたって開催され、約40のセッションが設けられる。セッション形式は以下の通りである[2]

  • 全体討論(Plenary Debates) - 大規模な討論セッション
  • ワークセッション(Work Sessions) - 20〜30名の参加者による少人数セッション
  • バックグラウンドセッション(Background Sessions) - テーマ別の背景説明セッション

すべての議論は「経営と起業環境に関する根本的な課題」に焦点が当てられている[要出典]

Leaders of Tomorrow

Leaders of Tomorrow(リーダーズ・オブ・トゥモロー)は、シンポジウムの中核をなす次世代リーダー育成プログラムである。約200名の学生参加者のうち、半数はザンクトガレン・ウィングス・オブ・エクセレンス・アワード(後述)の応募者から選抜される。残りの半数は「ナレッジ・プール」(Knowledge Pool)と呼ばれ、ISCがその年のテーマに関連する実績に基づいて直接選出する[2][7]

選ばれた学生には渡航費、宿泊費、食費がISCから全額支給される。学生はワークセッションの司会を務め、基調講演にも参加する。多くのLeaders of Tomorrow出身者が後にファカルティメンバーとして復帰している[2]

ザンクトガレン・ウィングス・オブ・エクセレンス・アワード

ザンクトガレン・ウィングス・オブ・エクセレンス・アワードSt. Gallen Wings of Excellence Award)は、1989年にISCによって創設された世界規模の学生論文コンペティションである[8]。現在はグローバル・エッセイ・コンペティション(Global Essay Competition)とも呼ばれている。

修士課程および博士課程の学生を対象とし、毎年60か国以上から約1,000件の応募がある。予備審査はザンクトガレン大学とチューリッヒ工科大学の博士課程学生が担当する。上位100名の論文著者はシンポジウムに招待され、上位5名は本会議で論文を発表する機会を得る。最優秀賞を含む上位3名にはCHF 20,000の賞金が分配される[2][9]

2018年までに、100か国以上の1,200以上の大学から25,000件以上のアイデアが提出されている[10]

歴代受賞者(抜粋)

受賞者
2004年Ravi Rauniyar
2005年Fabien Curto Millet
2006年Maximilian Freier
2007年Benjamin Block
2008年Christoph Matthias Paret
2009年Shofwan Al-Banna Choiruzzad
2010年Ainur Begim
2011年Marcelo Ber、Kanan Amal Dhru、María de los Ángeles Lasa
2013年Bree Romuld、Kilian Semmelmann、Radoslav Dragov
2016年Schima Labitsch
2018年Nathanial Ware
2019年Reuben Muhindi Wambui

マックス・シュミットハイニー自由賞

マックス・シュミットハイニー自由賞Max Schmidheiny Freiheitspreis)は、1979年から2003年まで、マックス・シュミットハイニー財団がシンポジウムの場で授与した賞である。マックス・シュミットハイニー博士(1908年 - 1991年)を記念し、「自由な経済的・社会的秩序の維持と発展に卓越した貢献をした」個人または団体に贈られた[11]

2003年に財団はこの賞を終了し、ザンクトガレン大学での教授職のスポンサーなど他の活動に注力することとした。

歴代受賞者

受賞者
1979年ロバート・モス、フーゴ・ジーバー
1980年ガストン・トルンジャンヌ・エルシュ
1981年インドロ・モンタネッリ、カール・ローバッハ
1982年国際ガールスカウト・ボーイスカウト運動
1983年ハンス・L・メルクレ、ステファン・キシエレフスキ
1984年パウル・R・ヨレス、フリッツ・ロイトヴィラー
1985年フレッド・ルフジンガー、レイモンド&ジャン=ダニエル・コルナーツ
1986年国境なき医師団、ゲルト・バッハー
1987年レイン・カークランド、ハンス・レッチュ
1988年マリオ・バルガス・リョサ、スイスの若手研究者
1989年ビル・ブラッドリー、アーサー・ドゥンケル
1990年自由ヨーロッパ放送 / ラジオ・リバティ、アンリ・リーベン
1991年赤十字国際委員会、リベラル研究所、エドモン・ド・シュトゥーツ
1992年カルロス・サリナス・デ・ゴルタリヴァーツラフ・クラウス
1993年ニコラス・ハイエックヘルマン・リュッベ、ベアト・リヒナー
1994年ビルギット・ブロイエル、メアリー・ロビンソンハンナ・スホツカ
1995年アニーバル・カヴァコ・シルヴァエルナンド・デ・ソトムハマド・ユヌス
1996年ロジャー・ダグラスケル・キアク・クリスチャンセン
1997年ロスマリー&エマヌエル・ベルガー、アンドレアス・リース&ベダ・ディートヘルム、モーリッツ・ズーター
1998年ジャグディーシュ・バグワティーレオン・ブリタンホセ・マリア・フィゲーレス・オルセン
1999年トランスペアレンシー・インターナショナルペーター・アイゲン)、エコノミストビル・エモット
2000年ヨルマ・オリラロマーノ・プローディ
2001年レナルト・メリナーラーヤナ・ムールティ
2002年ルート・ルベルス
2003年コフィー・アナン

歴代テーマと主要スピーカー

シンポジウムは毎年異なるテーマを設定し、世界各国の政治家・経営者・学者が登壇する[2]。以下は近年の主要テーマとスピーカー(抜粋)である。

テーマ主なスピーカー
第37回2007年The Power of Natural Resourcesゲイリー・ベッカー張富士夫トヨタ自動車会長)、ナギーブ・サウィーリス
第38回2008年Global Capitalism – Local Valuesハインツ・フィッシャーオーストリア大統領)、クリスティーヌ・ラガルド
第39回2009年Revival of Political and Economic Boundariesロバート・オーマントーマス・ヘンドリク・イルヴェスエストニア大統領)
第40回2010年Entrepreneurs – Agents of Changeヨゼフ・アッカーマンニーアル・ファーガソンアンソニー・ギデンズ
第41回2011年Just Power林芳正アヤーン・ヒルシ・アリヨルマ・オリラ
第42回2012年Facing Risk天野之弥IAEA事務局長)、ゼップ・ブラッタージャン=クロード・トリシェ
第43回2013年Rewarding Courageクリスティーヌ・ラガルドローレンス・フィンクブラックロックCEO)
第44回2014年The Clash of Generationsトニー・タンシンガポール大統領)、ロバート・ゼーリック
第45回2015年Proudly Smallポール・カガメルワンダ大統領)、ダロン・アセモグル
第46回2016年Growth – The Good, the Bad, and the Uglyダンビサ・モヨティジャヌ・ティアム
第47回2017年The Dilemma of Disruptionケルスティ・カリユライドエストニア大統領)、サンティアゴ・カラトラバ
第48回2018年Beyond the End of Workジェレミー・リフキンスティーブ・フォーブスローレンス・ウォン
第49回2019年Capital for Purposeマリアナ・マッツカートドミニク・バートン
第50回2021年Trust Mattersサティア・ナデラマイクロソフトCEO)、カリン・ケラー=ズッター
第51回2022年Collaborative Advantageジャスティン・トルドーカナダ首相)、マリア・レッサノーベル平和賞受賞者)、フリードリヒ・メルツ
第52回2023年A New Generational Contractサル・カーンヴァネッサ・ナカテニコライ・タンゲンノルウェー政府年金基金CEO)
第53回2024年Confronting Scarcityユリア・ナヴァリナヤウラジミール・クリチコカリン・ケラー=ズッタースイス大統領)
第54回2025年Shifting Global Powersウラジミール・クリチコクリスティアン・ゼーヴィングドイツ銀行CEO)
第55回2026年Disrupted Age

日本との関わり

スピーカー

日本からは以下の人物がスピーカーとして登壇している。

Leaders of Tomorrow / Knowledge Pool

落合陽一(メディアアーティスト、筑波大学准教授)は、2017年の第47回シンポジウム(テーマ「The Dilemma of Disruption」)において、Leaders of Tomorrowおよび40 Knowledge Poolに選出された[12][13]

Leaders of Tomorrow出身者には、23歳でナミビア副大臣に就任したエマ・テオフェラス、全米最年少の選挙当選者としてTIME誌の表紙を飾ったブシュラ・アミワラ、東京パラリンピックメダリストのジャマル・ヒルなどがいる[14]

日本の大学からの参加

東京大学公共政策大学院(GraSPP)、早稲田大学京都大学慶應義塾大学などの日本の大学からも毎年学生がLeaders of Tomorrowプログラムに応募・参加している[15][16]

メディア

脚注

外部リンク

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