Wikiwand AI

山村美智

日本の女性アナウンサー、女優 From Wikipedia, the free encyclopedia

山村 美智子(やまむら みちこ、1956年11月5日 - )は、女優、アーティスト、エッセイスト。元フジテレビアナウンサー。本名、宅間 美智子(たくま みちこ)。旧芸名、山村 美智(やまむら みち)。夫は、元・フジテレビ社員(プロデューサー)で制作会社「(株)サンダーストームエンターテイメント」初代CEOの宅間秋史(2020年12月18日死去)。

本名 宅間 美智子
別名義 山村 美智(絵画アーティスト名)
生年月日 (1956-11-05) 1956年11月5日(69歳)
概要 やまむら みちこ 山村 美智子, 本名 ...
やまむら みちこ
山村 美智子
本名 宅間 美智子
別名義 山村 美智(絵画アーティスト名)
生年月日 (1956-11-05) 1956年11月5日(69歳)
出生地 日本の旗 三重県伊勢市
身長 166cm
血液型 B型
職業 女優
ジャンル テレビドラマ・映画・舞台ほか
活動期間 1980年 - 現在
配偶者 宅間秋史(1984年 - 2020年、死別)
主な作品

ドラマ
『徹底的に愛は』(1994年 - 1995年)

大河ドラマ「功名が辻」
テンプレートを表示
閉じる
出身地 日本の旗 日本 三重県
国籍 日本
生年月日 (1956-11-05) 1956年11月5日(69歳)
血液型 B型
概要 やまむら みちこ山村 美智子, プロフィール ...
やまむら みちこ
山村 美智子
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 三重県
国籍 日本
生年月日 (1956-11-05) 1956年11月5日(69歳)
血液型 B型
最終学歴 津田塾大学学芸学部英文学科
所属事務所 イトーカンパニー
職歴 フジテレビジョン(1980年 - 1985年)
活動期間 1980年 - 1988年
ジャンル バラエティー、報道番組
出演番組・活動
出演経歴 オレたちひょうきん族
閉じる

略歴

三重県伊勢市の出身[1]で、血液型はB型。小学校卒業後、中高一貫校であるセントヨゼフ女子学園高校[2]から津田塾大学学芸学部英文学科へ進学[2]。大学在学中から女優志望で、大学卒業後は英語の教員になることが内定していた[2]が、それを断って大学4年生の12月にミュージカル劇団「東京キッドブラザース」に入り活動していた[2]。

しかし東京キッドブラザースは理想とは合わず1979年に退団[2]。大学卒業後の1980年、アナウンサーとしてフジテレビに入社[3][4]。同期入社に、土井尚子(現姓名:坂野尚子。ネイルクイック 実業家)、黒岩祐治(現:神奈川県知事)、亀山千広(前:フジテレビ社長)、松本方哉、横山淳(現:福島テレビ社長)、本間欧彦(現:北海道文化放送常務取締役編成局長)。

フジ時代には、『オレたちひょうきん族』の初代ひょうきんアナウンサー[5][6]として、「ひょうきんベストテン」などのコーナーに出演。

「母と子のフジテレビ」から「楽しくなければテレビじゃない」と言うフジテレビの大改革があり、それまで、ニュース担当だったアナウンサーがバラエティにも出演できるようになった。そして山村は、プロデューサーの横澤彪により、「ひょうきんベストテン」のコーナーに大抜擢された。同コーナーへの出演により一躍人気となり、一部マスコミから「アイドルアナウンサーの草分け的存在」とも言われるようになった[1]。

1984年、同僚(当時はフジテレビ編成局のプロデューサー)の宅間秋史と結婚[6]。翌1985年に退社後、フリーアナウンサーとして、同局の『FNN DATE LINE』で平日にニュースキャスターを務めていた[7]。後に女優へ転身。2001年には、芸名を山村美智子から山村美智に改めたが、2025年11月5日の誕生日に、俳優名を山村美智子、絵画アーティスト名を山村美智とした。

2002年と2003年には、『私とわたしとあなたと私』という二人芝居の脚本を執筆。自身の主演・演出による舞台作品として、実際に上演された。2003年には新宿シアタートップスで上演されていて、吉川ひなのを相手役に迎えている。

2003年から2008年まで、ニューヨークに滞在。2007年には、『私とわたしとあなたと私』の英語版に当たる『I and Me & You and I』が、オフ・ブロードウェイのブリーカーズ劇場で上演された。日本人が日本語で執筆したオリジナルの脚本を英語に翻訳したうえで、舞台作品としてオフ・ブロードウェイで上演した事例は初めてで、アメリカ人からも現地在住の日本人からも絶賛された。上演前に親友の深浦加奈子に相談していた事を自身のブログ内で語っている。2009年の帰国を機に、日本での女優業を再開。

また、2020年に夫の宅間秋史が食道癌で他界し、その時の苦しい思いも含め、フジテレビ時代から振り返る半生のエッセイ「7秒間のハグ」を翌年、幻冬舎から出版した。見城徹は「悲しい話なのに面白く、ディテールが目に浮かぶ」、また林真理子も「良い本を読ませてもらった」と賛辞の言葉を送った。ちなみに、本の中には書かれていないが、7秒間ハグするとオキシトシン、幸せホルモンが出るのだと、本人がテレビなどで語っている。[要出典]

また、2022年の4月からアーティスト活動を始めている。ニューヨークの滞在時代、Art Students League of NYにて、絵を学び、才能を発揮。毎年、コンスタントに、目黒のギャラリー、銀座アートストーン、表参道、新潟伊勢丹などで、絵画展を開いている。

2022年秋から、朗読ライブ「VAVAVA」と言う、音楽と朗読の融合の舞台を、演出家・永山耕三と定期的に行っている。第1回目と2回目は後輩アナウンサーの河野景子と近藤サト、3回目は大鶴義丹、4回目は小出恵介を相手役にし、根強いファンを獲得している。

人物

子供時代

伊勢市で建設会社を営む父と専業主婦の母の3人家族だったが、3歳の頃に父が亡くなり会社が倒産。小さな一軒家に引っ越した後キッチンを除く1階を人に貸して2階の一間で母と暮らし始め、ほどなくして保険の外交員となった母に育てられる[1]。

幼少の頃は、気弱な性格で体も弱く幼稚園を休みがちだった。人生で初めて演じた役は、幼稚園の学芸会で演じた『白雪姫』の白雪姫を案内するうさぎの役[注 1]。セリフは一言だけだったが、本人は後年「演じてすごく嬉しかったのを鮮明に覚えています」と回想している[1]。

小学生になるとテレビドラマを見ては女優に憧れを持つようになり、国語の朗読が好きになった。制服に憧れて中学からセントヨゼフ女子学園に進学し、演劇部に入部。高校1年生の時に上演した『クリスマスキャロル』で主役のスクルージ役を演じ、脚本と演出もこなした。大勢の生徒たちの前で演じる楽しさと、シスターからも好評価を得て芝居に対する喜びを感じ、本格的に女優を目指すようになる[1]。

大学時代

上京を決意して津田塾大学に進学し、小平市のキャンパス内にある学生寮で暮らし始めた。同時期から一橋大学との劇団サークル・劇団己疑人(コギト)に入団し、演劇漬けの日々を送る。しかし、その後東大の学園祭で野田秀樹の芝居を観て衝撃を受けた。その後、育ててくれた母親のために、女優の夢を諦め、4年生になった頃に教師になることを決めて、母校の校長に志願する手紙を書いて内定をもらった[1]。

残りの大学生活は、観客として芝居を楽しもうと東京キッドブラザースの公演を観に訪れた。するとチケット売り場に現れた劇団主宰の東由多加から、直々に「あなた、女優になりませんか?」と誘われた。これにより女優活動を続けることを決め、母に「一年だけ」との条件で芝居を続けることを許された[注 2]。

1978年12月に同劇団の稽古に加わり、同年末の公演に参加し(一般の女優としての)初舞台は日本武道館だった。ちなみに大学3年生から国立駅近くの四畳半のアパートで暮らしながら家庭教師のバイトをし、大学院浪人中の恋人と付き合っていた。 その後母と約束した1年が来て同劇団を退団[1]。

エピソード

「ひょうきんベストテン」では、元ネタになった『ザ・ベストテン』(TBS)における黒柳徹子の司会振りを参考に、進行していた。当時(1980年代)の放送局では社員である女性アナウンサーにスタイリストを付けていなかったため、収録には山本寛斎などの衣装を借りて出演。衣装を汚さないよう留意していたものの、エンディングで放送されていた「ひょうきん懺悔室」(収録中にNGを出してしまった出演者やミスを犯したスタッフがブッチー武者扮する神様の前でNGやミスを懺悔させられるコーナー)で(「反省が足りない」と判断されて)水を容赦なく被らされた時には、着用していた衣装を自腹で買い取ったという。宅間との結婚直後に臨んだ『ひょうきん族』の収録では、NGやミスを犯していなかったにもかかわらず「ひょうきん懺悔室」へ出演させられたが、番組終了後の2021年に臨んだインタビューでは「今となってはいい思い出です」と語っている[8]。『ひょうきん族』での芸人たちによるイジリや掛け合いでは、本人は「それまで舞台で培われた度胸や臨機応変さで何とか乗り切れた」としている[1]。

なお、フジテレビ退社後の1986年6月からは、本格的な音楽番組である『ロッテ 歌のアルバムNOW』(TBS)で1年3ヶ月にわたって司会を担当。同局が延べ20年以上制作してきた『ロッテ 歌のアルバム』シリーズの歴史を締めくくる役割を果たした。

『FNN DATE LINE』では初回(1987年10月1日)から平日版のキャスターを務めていたが、同年11月16日放送分での担当を最後に、わずか1ヶ月半で降板を余儀なくされた。降板をめぐっては、「11月16日の放送で三原山噴火関連のニュースを伝えた際に、『あんな島に住まなければいいのに』と発言したことが原因」とされる見解が当初から広まっているが、本人は後年のインタビューでこの見解を明確に否定。「実際の放送では『あんな島に住まなければいいと言う人もいますが、生活されている方にとっては、大切な故郷ですから』と言っていたにもかかわらず、前段の部分だけが切り取られる格好で広まってしまった」と述べている[9][10]。

アルベルト・ザッケローニと内田篤人の存在をきっかけにサッカーにのめり込み[11]、日本代表の試合を観戦するため海外まで訪れている。2014年にはブラジルW杯の日本対コロンビア戦を現地観戦[12]、2017年にはW杯アジア最終予選・UAE対日本戦をUAEで現地観戦した[13]。

一人っ子で、3歳の時に実父を亡くしてからは、宅間と結婚するまで実母と2人で暮らしていた[14]。実母に認知症が現れてからは、実母を老人ホームに預けながら、女優業の合間を縫う格好で介護に努めている。さらに、夫の宅間が食道ガンに罹患していることが2019年に判明してからは、13回にわたる宅間の入退院にも立ち会った。宅間も一人っ子であったが、1年半もの闘病生活を経て、2020年12月18日に65歳で永眠。宅間との間に実子はおらず、実母の介護については、宅間を看取ってからも一人で続けていた。[15]。(しかし、母親も2022年に他界)。その一方で、2021年10月27日には、結婚生活や宅間の闘病中でのエピソードを綴った『7秒間のハグ』というエッセイが幻冬舎から刊行された。

出演

フジテレビアナウンサー時代

フリーランス時代

さらに見る 期間, 番組名 ...
期間番組名役職担当日
1986年6月1日1987年9月27日 ロッテ 歌のアルバムNOW(TBS)MC日曜日
1987年10月1日1987年11月16日 FNN DATE LINE(フジテレビ)キャスター平日
閉じる

テレビドラマ

NHK

日本テレビ

TBS

フジテレビ

テレビ朝日

テレビ東京

WOWOW

  • 贖罪(2012年 黒沢清監督) - 小川真由・由佳の母
  • 名刺ゲーム(2021年)

映画

  • 星くず兄弟の伝説(1985年:手塚眞監督)
  • クレイジーボーイズ(1988年:関本郁夫監督) - 電車のOL
  • バタアシ金魚(1990年:松岡錠司監督) - カヨ
  • 夢を追いかけて(1993年 花堂純次監督)
  • デボラがライバル(1997年 松浦雅子監督)
  • 愚か者 傷だらけの天使(1998年 阪本順治監督)
  • ニンゲン合格(1999年 黒沢清監督)
  • カオス(中田秀夫監督)2000年
  • おしまいの日。(2000年:君塚匠監督) - 山口良子
  • バトル・ロワイアル(2000年:深作欣二監督)- レポーター
  • 夜を賭けて(2002年 金守珍監督) 張礼子
  • ダンボールハウスガール(松浦雅子監督)2001年
  • かまち(2003年:望月六郎監督) - 角田治子
  • さよなら、クロ(2003年:松岡錠司監督) - 木村光枝
  • オモヒノタマ〜念珠(2003年:岡野正広監督)- 恭子
  • Mayu -ココロの星-(2007年:松浦雅子監督)
  • 贖罪(2012年:黒沢清監督)- 真由・由佳の母
  • アブラクサスの祭り(加藤直輝監督)2010年
  • ソラから来た転校生(2013年:近藤勇一監督)- マコトの母
  • ジョバンニの島(2014年:西久保瑞穂監督)- 声の出演
  • ルート42(2014年:瀬木直貴監督)
  • いつかの、玄関たちと、(2014年:勝又悠監督)
  • ゆめはるか(2014年:五島利弘監督) - 遥の母[16]
  • クハナ!(2016年:秦建日子監督)- 西田一子
  • 深夜カフェ(佐々木友紀監督)2016年-カフェのマダム·        
  • ヴァンパイアナイト(2017年:山嵜晋平監督)
  • 青い鳥(監督:松浦雅子)2018年
  • 三十路女はロマンチックな夢を見るか?(2018年:山岸謙太郎監督)- 赤城香奈恵
  • 今はちょっと、ついてないだけ(2022年:柴山健次監督)
  • GOLDFISH (2023年:藤沼伸一監督) - 原田京子

舞台

  • きらら浮代伝(1988年3月 銀座セゾン劇場 河合義隆演出 主演中村勘九郎 遊女お菊役)
  • 霊界様と人間様(1989年3月〜4月 日比谷芸術座 水谷幹夫演出 柏村昌子役)
  • ミュージカルライル(1990年3月 青山劇場 福田陽一郎演出 サンドラ役)
  • 少年隊ミュージカル Playzone SHOCK(1991年8月 青山劇場 ジャニー喜多川演出 マネージャー役)
  • 名古屋嫁入り物語(1996年 中日劇場/演出:小林俊一)
  • もず(1997年9月〜10月 日比谷芸術座 北村文典演出 林アヤ子役)
  • ミュージカル Stepping Out (2001年7月 銀座博品館劇場:リチャード・ハリス脚本、竹邑類演出・振付 アンディ役)
  • 私とわたしと私(2002年 再演2003年7月 新宿シアタートップス 山村美智作・演出・主演 鈴木洋子役 相手役は吉川ひなの)
  • I and Me & You and I(2007年11月 Theaters of 45 Bleeker Street New York M. LANDOWNE演出 YOKO役)
  • BABY BABY(2011年2月 赤坂レッドシアター 遠藤環演出 保育園長役)
  • 夏の夜の夢(2012年7月 築地ブディストホール NHK遠藤理史演出 タイテーニア役)
  • ミステリーナイト2012「綾辻行殺人事件〜主たちの館〜」(演出:九十九一)2012年
  • ミステリーナイト2013「イカスの嘴」(リーガロイヤルホテル/演出:岡部たかし)2013年
  • 友情〜秋桜のバラード〜 (雷5656会館/演出:田中林輔)  2016年再演/2015年
  • 蝶々夫人とスズキ(2019年2月 赤坂ドイツ文化会館OAGホール 田尾下哲演出 スズキ役)
  • 未婚の女 (2023年10月 表参道銕仙会能楽研修所:エーヴァルト・パルメツホーファー作、深作健太演出 マリア役)
  • HOME(2025年2月 浅草花劇場 安藤亮司(劇団ウルトラマンション)演出 お母さん役)
  • VAVAVA     (Reading Live vol.1〜5/演出:永山耕三)2023年〜2026年

バラエティ

トーク番組

  • 徹子の部屋(2022年2月9日、テレビ朝日)
  • ボクらの時代(2022年、CX)

声優 ナレーション

  • ジョバンニの島(2014年) - 老婆、老生徒J塚本
  • 「EXITV」CX 2021年4月〜2026年3月レギュラー

ラジオ

川越町での公開収録「深夜便の集い」において「生きることは旅すること」と題して講演を行った。
b-monster~二世姉妹社長の反骨radio(2021年4月1日-2021年12月31日 アール・エフ・ラジオ日本)
カフェテラスの二人(NHK)

配信ドラマ

  • 最期の、ありがとう。(2025年10月1日配信予定、TikTok・YouTube) - 早瀬百合子 役[17][18]
  • 「おとなになっても」 (huluオリジナル)2026年

メディア

音楽

シングル「Be Smiling〜ブッシュマン・ソング〜」

書籍

アーティスト活動

絵画アーティストとして、2023年より、表参道、目黒、銀座のギャラリーにて絵画展を定期的に行っている。
アーティスト名は、山村美智。
2025年は、新宿伊勢丹
2026年は、台湾に出品 9月には、銀座のギャラリーで個展の予定

その他

  • ミス・インターナショナル世界大会 司会
  • 三重県観光大使

脚注

関連人物

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks