VIVI社
From Wikipedia, the free encyclopedia
VIVI社は、山本悍右、高田皆義、服部義文、後藤敬一郎によって結成された[2][3]。山本悍右は1939年に『夜の噴水』終刊と取調べを経験し、同年末にはナゴヤ・フォトアバンガルドから離れたのち、VOUでの活動や『CARNET BLEU』の編集発行を続けていた[2]。そうした戦前・戦中の挫折を経て、1947年にVIVI社が結成された[2]。山本は写真と詩作にわたり早くからシュルレアリストとして注目され、高田は1920年代初頭の絵画主義写真の時代に芸術写真研究雑誌『銀乃壺』を主宰発行した[3]。服部は戦前に浪華写真倶楽部や曙写真倶楽部で活動し、後藤は戦前の「前衛写真」運動に直接には加わらなかったが、写真撮影をしていた[3]。