VIVI社

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VIVI社(ヴィヴィしゃ)は、1947年に愛知県で結成された写真家集団である[1]山本悍右、高田皆義、後藤敬一郎、服部義文によって結成され、活動時期はおおむね1950年頃までとされる[1][2]。戦前の前衛写真運動の周辺にいた作家たちが、戦後に再集結して結成したグループでもある[3]

VIVI社は、山本悍右、高田皆義、服部義文、後藤敬一郎によって結成された[2][3]。山本悍右は1939年に『夜の噴水』終刊と取調べを経験し、同年末にはナゴヤ・フォトアバンガルドから離れたのち、VOUでの活動や『CARNET BLEU』の編集発行を続けていた[2]。そうした戦前・戦中の挫折を経て、1947年にVIVI社が結成された[2]。山本は写真と詩作にわたり早くからシュルレアリストとして注目され、高田は1920年代初頭の絵画主義写真の時代に芸術写真研究雑誌『銀乃壺』を主宰発行した[3]。服部は戦前に浪華写真倶楽部や曙写真倶楽部で活動し、後藤は戦前の「前衛写真」運動に直接には加わらなかったが、写真撮影をしていた[3]

活動

1948年には第1回VIVI展が開かれ、山本は《ジイクフリイド幻想》ほかを出品した[2]。1949年8月には第2回VIVI展が名古屋・丸善画廊で開催され、山本は《憂鬱な散歩》《ジイクフリイド幻想》《漂流記》《イカルス挿話》ほかを出品した[2]。この第2回展には大辻清司、高林靖、徳山暉芳ら美術文化協会会員も参加し、ハンス・ベルメールの作品も展示された[2]。1950年12月には第3回VIVI展が開催された[2]

機関誌

VIVI社の機関誌として、『CARNET DE VIVI』No.1 が1948年6月に刊行されている[4]名古屋市美術館年報では高田皆義発行、1948年6月印刷、二つ折り小冊子、4頁、非売品の印刷物として記載されている[4]

評価

関連項目

脚注

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