Yak-1000 (航空機)

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Yak-1000 / Як-1000

Yak-1000

Yak-1000

Yak-1000 (ロシア語:Як-1000) は、ソビエト連邦ヤコヴレフ設計局が試作した実験機である。超音速機翼平面形研究の一環として製作されたが、飛行することのないまま計画は中止された。

Yak-1000M

1950年6月、ソビエト連邦(ソ連)当局はヤコヴレフ設計局に対し、リューリカ AL-5 軸流式ターボジェットエンジンを使用した前線戦闘機の開発を命じた。要求性能は最高速度マッハ1.7と、超音速機の実用化も模索段階だったこの時代においては高い要求値であった[1]

だが、ヤコヴレフ設計局が作業を開始した時点ではAL-5は完成していなかった。そこで設計局では前段階として、超音速機の空力特性を研究する技術実証機を試作することに決めた[1]。当時は予算削減によって多くの航空機計画が中止となっていたが、Yak-1000と命名された高速研究機はスホーイ設計局«R»(後の初代Su-17)とともに、純粋な実験機として開発が承認された数少ない例であった[2][3]

当時、超音速機に適した翼平面形は試行錯誤の段階だった。ヤコヴレフ設計局がYak-1000で試した翼幅が極めて短い翼もその一つで[3]、これはTsAGIピョートル・ペトロヴィチ・クラシルシコフロシア語版による勧告に基づき、ドイツで研究されていた菱形翼の概念を取り入れたものだった[1]。ただし、Yak-1000の翼平面形は後縁とくらべて前縁の後退角がかなり急激で、菱形というよりはクリップトデルタに相当する形状をしていた[1][3]。翼厚比は3.36 %と非常に薄く、主翼に車輪を格納するスペースもないため、主脚は自転車式降着装置を採用し、翼にはアウトリガーを取り付けた[1][4]

エンジンは先述の通りAL-5が入手できない段階だったため、代替としてクリーモフ RD-500遠心式ターボジェットエンジンが選ばれた[1]。性能低下は避けられなかったが[1]、それでもアフターバーナーなしでマッハ1を超えられると考えられていた[4]

1950年11月から12月にかけて、Yak-1000の実物大モックアップによる風洞試験がTsAGIで実施された。実機製作は1951年1月1日までに行うことが求められたが、間に合わず、実際に完成したのは2月27日であった[1]

3月2日より地上タキシング試験が開始された。初日の地上滑走は速度100 km/h未満で実施され、その段階では良好な方向安定性を示した。だが翌日の試験で速度を250 km/hに上げると、右舷側からの横風に煽られて機体が傾き、機体は滑走路から外れた。3月10日の試験でも僅かな横風で容易に機体が傾き、再び滑走路から逸脱したため、試験は中断された[1]

原因は操縦系の不備にあった。Yak-1000のエルロンは主翼後縁のフラップに組み込まれていたが[3]、これが十分に機能せず、機体の傾きを打ち消すことができていなかった[1]。これを改善するための修正案が練られたが、後部胴体、降着装置、操縦系統、重心位置の変更と、修正個所は多岐にわたった。垂直尾翼を水平尾翼端に移した双尾翼とする案もあり、実際にTsAGIで風洞試験も行われたが、改善効果は見られなかった[1]

Yak-1000の開発計画は1951年10月に中止され、試作機は一度も飛行することはなかった。試験中断の直接的な原因はタキシング中のトラブルであったが、同機の主翼は飛行中においても深刻な安定性不良を起こすことが判明しており、その修正は当時の技術水準では困難とみなされたのである[1]。Yak-1000は尾翼付きデルタ翼機という、後世のソ連機の翼平面形を先取りしていた[4]。しかしこの時点ではデルタ翼に対する理解がソ連では未成熟であり、デルタ翼の本格的な採用はTsAGIによる更なる研究を待つことになる[5]

Yak-1000の設計上の問題点を改善する案が練られていた頃、抜本的な改良型としてYak-1000Mと称する計画案も検討された。これはYak-1000の主要設計者であったレオニード・レオニドヴィチ・セリャコフロシア語版が提案したもので、形状を改め下反角を付けた主翼、面積と後退角を増した垂直尾翼、十字尾翼を改め胴体に取り付けた水平尾翼などが主な変更点だった[5]

1951年3月17日にセリャコフが図面に署名したこの案はヤコヴレフ設計局内で却下されてしまったが、同じ頃、後にM-4として結実する戦略爆撃機を開発するためにミャスィーシチェフ設計局が設立される運びとなった際、セリャコフを含む多数のヤコヴレフ設計局の技術者が移籍することになったため、セリャコフは移籍先のミャスィーシチェフ設計局にYak-1000M設計案を持ち込んだ[5]

ミャスィーシチェフ設計局ではこの設計案をM-33と改め、低アスペクト比デルタ翼の遷音速域の研究機として構想したが、結局これも実現はしなかった[5]

スペック

出典:「Soviet Secret Projects: Fighters Since 1945」62頁[6]

Yak-1000 Yak-1000M / M-33
(計画値)
全長 11.69 m 7.5 m
全幅 4.52 m 5.6 m
翼面積 14.0 m2 29.8 m2
全備重量 2,510 kg 3,300 kg
最大速度
(予定値)
1,100 km/h 1,100 km/h (高度10,000 m)
エンジン クリーモフ RD-500
遠心式ターボジェットエンジン
(推力 15.6 kN) ×1
TRD-5
ターボジェットエンジン
(推力 17.6 kN) ×1

脚注

参考文献

関連項目

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