うきは市立浮羽中学校

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過去の名称 浮羽町立浮羽中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 うきは市
併合学校 浮羽町立御幸中学校
浮羽町立姫治小学校
浮羽町立大春小学校
うきは市立浮羽中学校
北緯33度20分11.6秒 東経130度48分06.6秒 / 北緯33.336556度 東経130.801833度 / 33.336556; 130.801833
過去の名称 浮羽町立浮羽中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 うきは市
併合学校 浮羽町立御幸中学校
浮羽町立姫治小学校
浮羽町立大春小学校
設立年月日 【統合】
1974年昭和49年)4月1日
共学・別学 男女共学
学校コード C140222500019 ウィキデータを編集
所在地 879-1403
福岡県うきは市浮羽町東隈上344番地1
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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うきは市立浮羽中学校(うきはしりつ うきはちゅうがっこう)は、福岡県うきは市浮羽町東隈上にある公立小学校

歴史
1947年昭和22年)の学制改革で発足した下記の新制中学校3校が1974年(昭和49年)に統合して開校。2024年令和6年)に統合50年を迎えた。
  • 浮羽町立御幸中学校(みゆき)
  • 浮羽町立姫治中学校(ひめはる)
  • 浮羽町立大春中学校(おおはる)
学校教育目標
「自ら気づき、判断し、行動できる生徒の育成」
校章
中央に「中」の文字を配している。
校歌
作詞は熊懐嘉文、作曲は安永武一郎による。歌詞は3番まであり、各番の歌詞中に校名の「浮羽中学」が登場する。
通学区域
小学校区は以下の通りである[1]
隣接する大分県日田市からの委託により、日田市前津江町柚木地区の生徒も通学している。

沿革

出典[2]
旧・御幸中学校(みゆき)
  • 1947年(昭和22年)4月 - 学制改革(六・三制の実施)により、新制中学校「御幸村立御幸中学校」が発足。初代校長に樋口親次が着任。
  • 1948年(昭和23年)5月 - 新校舎(第一期工事)が完成。
  • 1949年(昭和24年)9月 - 新校舎(第二期工事)が完成。
  • 1950年(昭和25年)9月 - 新校舎(第三期工事)が完成。
  • 1951年(昭和26年)
    • 1月1日 - 町制施行により「御幸町立御幸中学校」に改称。
    • 4月1日 - 町村合併により「浮羽町立御幸中学校」に改称。
    • 6月 - 新校舎(第四期工事)が完成。
  • 1953年(昭和28年)4月 - 新校舎(第五期工事)が完成。校区改定により妹川小学校区の生徒が姫治中学校から編入。
  • 1955年(昭和30年)8月 - 体育館が完成。
  • 1966年(昭和41年)9月 - 運動場を拡張。
  • 1974年(昭和49年)3月31日 - 統合により閉校。ただし統合校舎が完成するまでの間、「浮羽中学校 御幸分教場」として使用が継続される。
  • 1975年(昭和50年)3月 - 御幸分教場閉校式を挙行。
    • 校歌 - 作詞は佐野前光、作曲は森脇憲三による。歌詞は3番まであり、各番の歌詞中に校名の「御幸」が登場する。


旧・姫治中学校(ひめはる)
  • 1947年(昭和22年)
    • 4月 - 学制改革(六・三制の実施)により、新制中学校「御幸村立姫治中学校」が発足。初代校長に宮崎豊七が着任。
    • 4月18日 - 開校式を挙行。校区の小学校4校(田篭・新川[注 1]小塩妹川)で分散授業を実施。
  • 1948年(昭和23年)
    • 4月 - 東隈の上絣工場跡を改造し、3教室を設置。3年生の生徒全員を収容。田篭分教場を廃止。
    • 10月 - 校地が決定し、校地の造成および校舎の建設が始まる。
  • 1949年(昭和24年)8月 - 統合校舎(第一期工事)が完成。分教場を廃止の上、全生徒を収容。
  • 1950年(昭和25年)5月 - 運動場を整備。
  • 1951年(昭和26年)
    • 4月1日 - 町村合併により「浮羽町立姫治中学校」に改称。
    • 9月 - 本館が完成。
  • 1954年(昭和29年)
    • 3月 - 校旗を制定。
    • 4月 - 校舎の増改築が完成。
  • 1955年(昭和30年)4月 - 校区改定により、妹川小学校区の生徒は御幸中学校への通学に変更となる。
  • 1964年(昭和39年)3月 - 体育館が完成。校歌を制定。
  • 1974年(昭和49年)
    • 3月 - 廃校式を挙行。
    • 3月31日 - 統合のため閉校。ただし統合校舎が完成するまでの間、「浮羽中学校 姫治分教場」として使用が継続される。
  • 1975年(昭和50年)3月 - 御幸分教場閉校式を挙行。
    • 校歌 - 作詞は江藤誠一、作曲は安永武一郎による。歌詞は3番まであり、各番の歌詞中に校名の「姫治」が登場する。


旧・大春中学校(おおはる)
  • 1947年(昭和22年)4月 - 学制改革(六・三制の実施)により、新制中学校「山春村大石村中学校組合立 大春中学校」が発足。初代校長に中川知進が着任。
  • 1948年(昭和23年)9月 - 新校舎(第一期工事)が完成。大石分教場を廃止。
  • 1950年(昭和25年)4月 - 新校舎(第二期工事)が完成。山春分教場を廃止。
  • 1951年(昭和26年)
    • 4月1日 - 町村合併により「浮羽町立山春中学校」に改称。
    • 6月 - 新校舎(第三期工事)が完成。
  • 1952年(昭和27年)9月 - 運動場を整備。
  • 1966年(昭和41年)4月 - 独立図書館が完成。
  • 1970年(昭和45年)3月 - プールが完成。
  • 1974年(昭和49年)
    • 3月 - 廃校式を挙行。
    • 3月31日 - 統合のため閉校。ただし統合校舎が完成するまでの間、「浮羽中学校 山春分教場」として使用が継続される。
  • 1975年(昭和50年)3月 - 山春分教場閉校式を挙行。
    • 校歌 - 作詞は熊懐嘉文、作曲は安永武一郎による。歌詞は3番まであり、歌詞中に校名は登場しない。


統合・浮羽中学校
  • 1974年(昭和49年)4月1日 - 上記3校(御幸・姫治・大春)が統合し「浮羽町立浮羽中学校」が開校[3]
  • 1975年(昭和50年)4月 - 3分教場を廃止。統合校舎の完成により、全生徒を収容。
  • 2005年(平成17年)3月20日 - うきは市の発足により「うきは市立浮羽小学校」(現校名)に改称。

交通アクセス

最寄りの鉄道駅
最寄りのバス停留所
  • 西鉄バス 「中千足」停留所
  • うきはバス 浮羽線 「浮羽中学校」停留所
最寄りの幹線道路

周辺

  • うきは警察署浮羽交番
  • 浮羽歴史民俗資料館・かわせみホール
  • うきは市浮羽体育センター
  • うきは市立図書館・うきは市民センター
  • 西鉄バス浮羽発着所
  • 佛行寺
  • 椿山神社
  • 秋葉神社
  • 楠名古墳

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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