うなぎ (映画)

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うなぎ』は、1997年5月24日に公開された日本映画[4][5][6][7]。制作はケイエスエス衛星劇場グルーヴコーポレーション[1]、配給松竹(受託配給)[2][5]

脚本 今村昌平
天願大介
冨川元文
原作 吉村昭
製作総指揮 奥山和由
概要 うなぎ, 監督 ...
うなぎ
The Eel
監督 今村昌平
脚本 今村昌平
天願大介
冨川元文
原作 吉村昭
製作総指揮 奥山和由
出演者 役所広司
清水美砂
柄本明
倍賞美津子
田口トモロヲ
音楽 池辺晋一郎
撮影 小松原茂
編集 岡安肇
製作会社 ケイエスエス
衛星劇場
グルーヴコーポレーション[1]
配給 松竹[2]
公開 フランスの旗 1997年5月12日CIFF
日本の旗 1997年5月24日
上映時間 117分(劇場公開版)
134分(完全版)[3]
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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概要

吉村昭小説闇にひらめく』を原作として今村昌平が監督・脚本を担当[8]。今村の実子である天願大介も脚本に参加した。第50回カンヌ国際映画祭において『桜桃の味』と共に作品賞に相当するパルム・ドールを受賞[5][9][10]奥山和由のプロジェクト「シネマジャパネスク」における唯一の成功作品である。

今村は『楢山節考』に続き2度目のパルム・ドール受賞を果たし[11][12]、主演の役所も前年の『Shall we ダンス?』『眠る男』に続き、国内の映画賞を多数受賞した。

不倫した妻を殺害して以来人間不信に陥り、ペットであるにだけ心を開きながら静かに理髪店を営む中年男性と、自らの境遇を嘆き自殺を図った女性と人々との心の交流を描く[4][5][13][14]

ストーリー

サラリーマン勤めの男のもとに手紙が届く。それは愛する妻が不倫しているという内容であった。当初は半信半疑であったが、実際に現場を目撃したことで男は怒りを抑えきれず妻を殺してしまう。

8年後、出所すると同時に、昔自分が飼っていたうなぎを職員から手渡される。男はうなぎと共に、ひっそりと理髪店を始める。次第に町の人との交流も増えていった。

ある日、うなぎの餌を探しに川へ行くと、川原の茂みで倒れている女を発見。女は殺した妻に瓜二つで、戸惑いながらも警察に通報する。女は一命を取り留めた。

後日、女が謝礼に訪れ、男の経営する理髪店で働きたいと言い出す。男はしぶしぶ女を受け入れ、町の住民はそれを歓迎した。しかし、女は何か秘密を隠しているらしく…[4][5][6]

キャスト

スタッフ

演奏 - 東京コンサーツ

製作

企画

今村昌平監督は吉村昭小説『闇にひらめく』が好きでいつか映画にしたいと考えていた[15]。うなぎにしか本音を言わない男が気に入って撮ったという[15]役所広司は「最初『うなぎ』というタイトルの台本を貰ったが、お金が集まらないので一回中止になった。それで、やっぱりやるとなって、その時にはその台本のタイトルが原作の吉村昭の『闇にひらめく』に決定していた」と述べている[12]。製作発表の際も『闇にひらめく』というタイトルだったが、記者会見の前に今村監督が奥山和由プロデューサーに「『うなぎ』というタイトルが好きだから、『うなぎ』じゃダメかね?」と主張し、『闇にひらめく』じゃだめですか?」と主張する奥山と揉め、結局、今村に対する尊敬から、題名を『うなぎ』へ変更するという、前代未聞の製作発表会見となった[8][12]。今村はうなぎが好きだったという。役所は「それがこの映画の始まりでした」と述べている[12]

脚本

原作は吉村昭の『闇にひらめく』だが、同作家『仮釈放』も多分に参考にしている。主人公の長い刑期で染みついた、刑務所特有の歩き方、主人公の釣り好き、手紙による妻の不倫の発覚、殺害動機、殺害方法、出所後、主人公が生き物を飼う(『うなぎ』では、鰻。『仮釈放』では、メダカ。)、同じ刑務所の受刑者だった者からの主人公への接触。今村は『楢山節考』を作った1983年大晦日第34回NHK紅白歌合戦の審査員オファーを断り、府中刑務所の囚人のど自慢大会で審査員を務めたが[16]、このとき聞いた実話を本作に使用したという[16]

題字

題字における『うなぎ』の「う」に尾びれがついており、ウナギを模している。

撮影

役所演じる山下拓郎は、刑務所の中で床屋をやり、仮出所後に床屋を開くため、役所はそれに備えてクランクイン前に床屋に修行に行ったが、上手くなりすぎ、今村から「そんなに丁寧な床屋じゃなくていい。もっと雑な床屋になってくれ」と言われたという[12]

小田急電鉄新宿駅から映画が始まる。列車内の架空の雑誌中吊り広告に「ソウルオリンピックまであと2カ月」と書かれているため、冒頭は1988年7月頃が舞台。エンドクレジットに「ロケーション協力」として神奈川県松田町と表記されるため、最初の山下拓郎(役所)宅は当地で撮影したものと見られる。山下(役所)の仮出所は8年後の1996年で[6]タイトル表記の後、ほぼ2時間千葉県佐原市(現香取市)が舞台となり、当地でロケが行われた[17]。メインロケ地は同市与田浦[15]エンドクレジットに「ロケーション協力」として千葉県佐原市観福寺、与田浦荘、ノグチ食堂などが表記される。佐原駅利根川小野川、小野川水門などで撮影が行われている[18]。服部桂子(清水美砂)が母・フミエ(市原悦子)を迎えに行くのは上野駅。後半、バーナード・ブリトー在籍時の日本ハム千葉ロッテラジオ実況が流れるシーンがある。

興行

1997年の10ヶ月間のみの短命プロジェクトだったシネマジャパネスク2作目として公開[6]

作品の評価

批評

  • ぴあは「静かなる語り口ながら、鋭い人間観察の目が随所に光り、とぼけた笑いも盛り込まれており、今村の初期作品を思わす仕上がり。役者陣も揃って好演を見せるが、特に桂子の母親役の市原悦子が怪演を見せる」などと評している[7]
  • 野村正昭は「今村監督は本作を『小品であるにすぎません』と語っているが、どちらかといえばチンケな物語が、何やら不気味な広がりを持って迫ってくると錯覚させるのも、ひょっとしたら『うなぎ』という面妖な題名の力かもしれない。『うなぎ』という大胆不敵な題名ゆえに二度目のパルム・ドールを受賞したのかと憶測したくもなってくる」などと評している[8]

受賞歴(海外)

  • 第50回カンヌ国際映画祭 パルム・ドール[9][10][11]。今村は二度目の受賞(2025年まで最多)[13][19]
  • カンヌ映画祭には今村監督・俳優らが参加したものの、上映時点では受賞を予想した者は誰もおらず、今村も夫人とカンヌでの歴代受賞監督との会食で満足し[13]、表彰式前に帰国してしまった[12][13]。そのため、受賞の可能性が高いと判断された時点で映画祭関係者から今村のカンヌへの呼び戻しが図られたという。結局監督の表彰式参加は果たせず、休暇中の主演俳優・役所がパリで待機しており、代理で受賞することになった[12]。役所はカトリーヌ・ドヌーヴからトロフィーを受け取った[12]。今村はグランプリ受賞を佐原のうなぎ屋でうなぎを食べた後、聞いたという[18]

受賞歴(国内)

ソフト

ビデオケイエスエスから発売されていた[7]。同じケイエスエスから2001年にDVD[21]、2004年には17分長い『うなぎ 完全版』DVDも発売されている[3][8][21]

脚注

外部リンク

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