おつぼ山城
From Wikipedia, the free encyclopedia
遺構
土塁(列石)
列石は全1866メートル(残存部約1280メートル)で、おつぼ山の地形に沿うように曲線を描いて切石が並べられている[9]。この切石は安山岩製で[10][注釈 2]、基本的に高さ60-70センチメートルのほぼ直方体を呈し、石の全面上縁を平坦に加工している点が特徴的である[12]。残存していた第一土塁[注釈 3]での調査によれば、土塁の内側には裏止めの石が並び、列石は土塁の前止め石であると思われる[13]。土塁の発掘では版築がみられる[14]。第一土塁には近代城郭にもみられるような「馬踏み」、「犬走り」が、東門付近の土塁にはそれに加えて「武者ばしり」が確認された[15]。第一土塁の前にある小型の礎石と3メートル間隔で並ぶ柱穴は城柵の遺構と考えられ、これもこの種の遺跡が城塞としての性格をもつことを証明する根拠となった[16][17]。列石調査の際に2基の経塚が発見されている[18]。その後の史跡整備にともなう調査では、何らかの建物跡あるいは時期決定に資する遺物の出土が期待されたが、この方面での成果は上がらなかった[19]。
水門
通水孔をもつ列石が谷を塞いでいる部分を「水門」と呼んでいる[20]。いずれも列石より下降した位置に存在する[21]。第一水門'はおつぼ山城の東南隅に位置する[20]。正面は切石2段積みで上縁には平坦面を作る加工がみられる[22]。築堤の中央やや西寄りに「通水孔」があり、ここでは石積みが3段になっている[22]。第一水門前では柱材が出土している[23]。柱根の先が尖っているが、これは腐葉土層まで柱を打ち込むための形状とみられる[24]。第一水門からは縄文土器、石器、須恵器、土師器、瓦器が出土している[25]。第二水門は別名「柿ノ木谷水門」と呼ばれ、山際の道路から少し上った地点にある[26]。構造は第一水門とほぼ同様である[26]。その他2ヶ所、水門の存在が想定される地点がある[27]。第二水門からは須恵器、土師器、瓦器、陶器、磁器が出土している[28]。
門
土塁の切れ目に出入り用の通路と思われるものがある[21]。東門は列石の東北部にある、幅約3メートルの欠石の部分である[29]。門柱は3対6本の柱穴が出土している[29]。柱穴の配置と炭化した板材の出土から、門扉があった可能性も指摘されている[30]。南門は第一水門の西側に位置し、やはり列石に約3メートルの空白が空いている部分である[30]。完掘していないものの、南門の柱穴も3対とみられる[31]。その他、数か所の門の存在が想定される[31]。
郭内
土塁・水門・門に囲まれた内部の発掘調査では、わずかに路面の可能性がある遺構が見つかったほかはどのような施設があったのか判明しなかった[32]。郭内調査では石器、須恵器、磁器、甕棺、箱式石棺が出土している[33]。
指定文化財
国指定史跡
- おつぼ山神籠石 - 1966年(昭和41年)6月21日指定[34]
