たのきんトリオ
日本のアイドルグループ
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メンバー
概要
1970年代後半のジャニーズ事務所は、郷ひろみの移籍に始まり、フォーリーブスの解散、VIPの主要メンバーの脱退及び退所や解散、豊川誕の退所、新人や新ユニットの不発が重なっていた。当時エース格の扱いを受けていた川﨑麻世は、ブロマイド売上ナンバー1にもかかわらず、ヒット曲には恵まれなかった。
こうしたジャニーズ事務所の低迷期、各テレビ局間を日々自転車で移動し自社タレントを売り込むなかで副社長のメリー喜多川が獲得した仕事が、1979年10月から1980年3月に放映されたTBS系ドラマ『3年B組金八先生』であった。前述の3人が生徒役での出演により注目され、テレビや雑誌などメディアにおけるプッシュもあり、マスコミやファンからの注目や人気の対象が一斉に「たのきんトリオ」へ切り替わる契機となった。1970年代のトップアイドルの新御三家(ジャニーズ事務所出身は、郷ひろみのみ)に例えると、田原俊彦が郷ひろみ、近藤真彦が西城秀樹、野村義男が野口五郎の路線をそれぞれ受け継いでいる。1980年5月12日付・日刊スポーツによると、この3人の愛称には公募が行われ、約28,000通のハガキが寄せられたと報告されている[2]。“たのきん”の名はジャニー喜多川が発案した。これ以前は、もともとグループとして選抜していなかったことからグループ名が定まらず、集英社の雑誌「セブンティーン」や「明星」では「悪ガキトリオ」の呼称を使っていた[注釈 1]。そのほか「新々御三家」「金八トリオ」「太陽っ子トリオ」「三Bトリオ」など、新聞や雑誌によって様々な呼称があった[2]。
1980年4月1日に、ジャニーズ事務所が当時よく利用していた六本木フォンティーヌ地下で、3人による初イベント『金八トリオ・ファンの集い』の開催予定だったが、300人入れば満杯となる会場から六本木の駅までファンで埋め尽くされるほど、予想をはるかに上回るファン(約一万人)が来場したため、イベントは中止となった。続いて1980年5月26日に放映を開始したフジテレビ系ドラマ『ただいま放課後』でますます人気は過熱していき、放映回数は当初の予定より延長された。
1980年5月11日、『ただいま放課後』のロケ地だった東京工芸大学厚木キャンパスのグラウンドで行われた同番組のイベント『放課後青空カーニバル』にて、3人に対する愛称「たのきん」と、そのファンを表すネーミング「たのきん族」が発表された。ただしこのときは、「かっこ悪い」などとするファンからの戸惑いや不満、落胆の声が上がっていた[2]。メンバーのうち、田原は自伝『職業=田原俊彦』(2009年6月刊)で「どこかおっちょこちょいなイメージがして、僕個人はあまりうれしくなかった」旨を述べている。そのほか、ジャニー自身も“たのきんトリオ”の案については、記者会見にて「ジャニーさん、これ冗談じゃないよね。誰が考えたの」などさんざんな言われようで、自分の発案とも言えず「ホント、誰でしょうね」ととぼけていたと語っている[2]。
1981年4月に刊行された『青春音楽グラフィティ タイガースからYMOまで』(集英社)における第一章「青春音楽の系譜」にて、「完全に作られたアイドルで、いわゆる商品。歌の世界のものじゃない」と評されている[3]。
その後、ジャニーズ事務所所属のアイドルグループとして結成され、相次いで歌手デビューを果たす。俳優として映画でも共演し、大ヒット作を連発した。映画については、先行して山口百恵等の主演映画をヒットさせていたホリプロが、製作は日活撮影所、配給は東宝と分業制でコミットしていたのに対し、製作配給ともに東宝と全面的に提携し、大きなステージを持つ東宝砧撮影所を拠点に華々しい作品イメージを打ち出したのが特徴である。活動はそれぞれ単独で行われ、「たのきんトリオ」というグループによるものではない。3人がそろってレコーディングに参加した楽曲は、映画『グッドラックLOVE』の挿入歌「ときめきはテレパシー」と田原俊彦の「哀愁でいと」のB面曲「君に贈る言葉(アフター・スクール)」のみ。
グループからは田原が最初にデビューしている。これは、グループでのデビューは勘弁してほしいという田原の意向によるもの。田原によれば「絶対にソロじゃないと嫌だ」「絶対僕は1人じゃなきゃできないって自分でも思ってた」とのこと。また田原は、「グループでデビューしたら半年もたないな」と考えていたという[4]。
松田聖子と共に賞レースでも活躍し、新たなる時代への幕開けの象徴となった。3人それぞれが、デビューした年の『日本レコード大賞』をはじめとする音楽賞で最優秀新人賞を受賞している。以後のジャニーズ事務所は急成長を遂げ、ジャニーズJr.が人気アイドルのバックでの顔見せを経てデビューするという一時期途絶えていたシステムも復活。後続するシブがき隊や少年隊などが次々とデビューした。
ビートたけしは『広告批評』1982年2月号のインタビューで「たのきんって何だかんだ言われてるけど、やっぱり、郷ひろみや西城秀樹みたいに残っていくんじゃないかなあ。野村義男だけはちょっと分かんないけど、マッチなんかやっぱりスターだよね。俊ちゃんとは違ってちょっと暗さはあるけど、少し悪のイメージがあって、石原裕次郎の若いときみたいな感じがあるんだよね。やっぱり力はあるよ。オレなんか、自分も歌うから、歌の話になると『たのきんうまい』って言っちゃうね(笑)」と評している[5]。
日本雑誌協会主催の『ゴールデン・アロー賞』では、トリオとして第18回(1980年度)話題賞、第20回(1982年度)20周年記念特別表彰スーパーアイドル賞を受賞している。
1983年8月28日開催の大阪スタヂアムでのコンサートを以て解散した。
その後、1990年に野村、1994年に田原がそれぞれジャニーズ事務所を退社。野村はジャニーズ事務所を円満退社したことと、近藤と仲が良いことで退社後も近藤と共演したが、田原は1990年代後半以降、近藤や野村との共演はない(2012年11月12日の『SMAP×SMAP』には田原のみ出演していない)。一方の近藤は、両者の退社後も長らくジャニーズ事務所に留まったが、2021年4月30日をもって退社している[6]。
主な出演作品
テレビ
バラエティ
映画
- 東宝映画たのきんスーパーヒットシリーズ
- 「青春グラフィティ スニーカーぶる〜す」(シリーズ第1弾・1981年)主演:近藤真彦
- 「ブルージーンズ メモリー」(シリーズ第2弾・1981年)主演:近藤真彦
- 「グッドラックLOVE」(シリーズ第3弾・1981年)主演:田原俊彦
- 「ハイティーン・ブギ」(シリーズ第4弾・1982年)主演:近藤真彦
- 「ウィーン物語 ジェミニ・YとS」(シリーズ第5弾・1982年)主演:田原俊彦
- 監督:河崎義祐、出演:ヒロコ・グレース、生田智子、津島恵子、檀ふみ、長谷直美、山村聰、他
- 【同時上映】「三等高校生」主演:野村義男
- 監督:渡邊祐介、出演:田中邦衛、岡田奈々、樹木希林、川﨑麻世、早見優、シブがき隊、鈴木ヒロミツ、荒井注、西村晃、他
- 「嵐を呼ぶ男」(シリーズ第6弾・1983年)主演:近藤真彦
ステージ
- 後に、公演の一部をPONYビデオよりビデオ『たのきんHOTライブ』として1980年11月5日に発売。
- サヨナラ日劇FESTIVAL (1981年2月11日、日本劇場)
- たのきんスーパースリー 桜島野外コンサート (1981年3月 台風1号の発生、接近により中止された)
- Young Communication’81 (1981年4月3日・4日、NHKホール)
- 後に公演の一部を、集英社より『たのきんライブ’81』(ライブの模様を収録したカセットテープ+写真集)として、1981年7月3日に発売。このライブは当時、NHK総合テレビとNHK-FMにてそれぞれ約45分ほど放送されたが、オンエアされた楽曲は『たのきんライブ’81』収録曲に含まれていない楽曲が多く見受けられる。
- たのきん3球コンサート (1981年8月・1983年8月)
ディスコグラフィ
オリジナル曲
- 君に贈る言葉 (アフター・スクール)(田原俊彦の「哀愁でいと」B面)
- 恋のローラースケーター(映画『ブルージーンズ メモリー』挿入歌。歌唱は野村と近藤)
- ときめきはテレパシー(映画『グッドラックLOVE』挿入歌)
- あ・ら・しのLong run(映画『ハイティーン・ブギ』挿入歌。 たのきん映画での田原の歌唱曲のみ集めたサウンドトラック・カセットテープ『TOSHI THE MOVIE』(1983年10月5日発売)に収録。 歌唱は田原と近藤。 作詞:恩田久義・作曲:長沢ヒロ・編曲:大谷和夫)
- ガラスの星座(映画『嵐を呼ぶ男』挿入歌。歌唱は野村と近藤)
ソノシート
- たのきんフォノシート
雑誌『ティーン・アイドル』(1982年1月号)付録として制作されたソノシート。 映画『グッドラックLOVE』のサントラを収録。
サウンドトラック
- ブルージーンズ メモリー (1981年9月5日)
- グッドラックLOVE (1981年11月29日)
- 嵐を呼ぶ男 (1983年8月4日)
- TOSHI THE MOVIE (限定盤:1983年10月5日、通常盤:11月5日)
カセットテープ・写真集
- たのきんライブ'81(1981年7月3日、集英社)※カセットテープ製造は小西六アンペックスとTDKの2社が存在する。
- side A
- 哀愁メドレー(哀愁でいと~レッツ・ゴー・ダンシング~ファンキー・モンキー・ベイビー~ルイジアナ・ママ~哀愁トゥナイト~哀愁でいと)
- スニーカーぶる~す
- 月のあかり
- ある日曜日の出来事
- Rock'n' Rollメドレー(恋のゴーカート~悲しき雨音~ハッピーバースデースウィート16~ダイアナ)
- side B
- side A
ビデオ
- たのきんHOTライブ(1980年11月5日、ポニー)
- 3球コンサート 1983・8・28 大阪球場(1983年、ファンクラブ限定販売)