哀愁でいと
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| 「哀愁でいと」 | ||||||||||||||||
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| 田原俊彦 の シングル | ||||||||||||||||
| 初出アルバム『TOSHI'81』 | ||||||||||||||||
| A面 | 哀愁でいと (NEW YORK CITY NIGHTS) | |||||||||||||||
| B面 | 君に贈る言葉 (アフター・スクール) | |||||||||||||||
| リリース | ||||||||||||||||
| 規格 | 7インチレコード | |||||||||||||||
| ジャンル | ポップス | |||||||||||||||
| 時間 | ||||||||||||||||
| レーベル | NAVレコード | |||||||||||||||
| 作詞 |
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| 作曲 | Andrew Joseph DiTaranto, Guy Hemric | |||||||||||||||
| チャート最高順位 | ||||||||||||||||
| 田原俊彦 シングル 年表 | ||||||||||||||||
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「哀愁でいと (NEW YORK CITY NIGHTS)」(あいしゅうでいと ニューヨーク・シティ・ナイツ)は、1980年(昭和55年)6月21日にリリースされた田原俊彦のデビューシングル。
音楽性
哀愁でいと
たのきんトリオが出演していたドラマ『ただいま放課後』の挿入歌に起用され、オリジナル曲は、アメリカの歌手レイフ・ギャレットの『New York City Nights』である。この楽曲は日本では当初、アルバム『Feel the Need』(1978年)からのセカンドシングル「フィール・ザ・ニード」のB面として1979年6月にシングル発売されたが、のちにAB面を逆にして再びプロモーションされオリコンで最高76位を記録した曲である。1980年11月には『哀愁でいと』のヒットを受けてシングルが再発売され、オリコン最高56位まで上昇した。
ちなみにジャニーズ勢によるレイフの楽曲のカバーは、1979年に発売された川﨑麻世のシングル『レッツゴーダンシング』(原題:I Was Made for Dancin')[2]がある。
君に贈る言葉 (アフター・スクール)
ファーストアルバム『田原俊彦』の収録曲「アフター・スクール」をBGMに女声コーラスをバックにして、冒頭及び曲の終わり際にのみ歌パートがある。たのきんトリオ(田原・野村・近藤の頭文字より)による台詞の掛け合いで構成された曲で、近藤・野村はまだ二人共、正式にレコードデビューをする前であった。
リリース
テレビ番組での披露
テレビの歌番組ではバックダンサーのジャPAニーズとともに出演した。ジャPAニーズとの出演は中断を挟んで1982年のシングル「君に薔薇薔薇…という感じ」まで続いた。このスタイルは田原のダンスのうまさも手伝って、日本におけるダンスビートにのせて踊りながら歌うポップスの男性アイドルとしての存在を明確にした[1]。
フジテレビ系列『夜のヒットスタジオ』では、1980年8月に引退目前だった山口百恵が、同番組冒頭のオープニングメドレーで、当曲の出だしを歌唱していた。
1980年大晦日放送の『第31回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たし[3]「たのきんトリオ」のメンバー・近藤真彦と野村義男も田原の応援として出演している。
記録
収録曲
カバー
いずれも哀愁でいととしての日本語詞によるもの。
- PUFFY - 2002年『THE HIT PARADE』に収録。
- 中澤京子 - 2004年シングル発売。
- 寺脇康文 - 日本テレビ系ドラマ『地球ゴージャスな夜』第1話 エンディング