中央アナトリア平原に人が住み始めたのは紀元前6000年頃といわれている。このときに文明が運ばれたと考えられている。クズルカヤのアシュキルヒュユクの塚は紀元前5000年にはこの地域に人が定住していたことを示している。(埋まっていた女性の遺骨からはどうやら頭を手術した後が見え、脳手術ならば最も古いものと考えられる。)
古代この地域はArchelais Garsauraと名づけられていた。これがセルジューク朝トルコ時代にはタクサラ変化し、アクサライになったと考えられる。
シルクロードがこの地域を通るようになったとき、旅客や商隊に必需品を供給し、休ませるために隊商宿や旅館などが建設され、大きな遺産が残った。アクサライと周辺地域はローマ帝国、ビザンチン、トルコ時代にかけてよく栄えた。
また、この県は中央アナトリア地方の中でもクルド人の人口が高い。これはトゥンジェリ県やその他の東部の町や県で1920年代に首長の暴動が起きたため、再移住してきた人々である。
今日のアクサライは農業従事者の多い県で田園が広がり、人々は伝統と宗教を大切にしている。1950年代、この地域の人々はヨーロッパに職を求めて移住していった。