アジア王
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アジア王(アジアおう、ギリシア語: βασιλεὺς τῆς Ἀσίας basileús tēs Asías)は、ペルシア帝国の君主を指す古代ギリシアの用語の一つである。後の時代、マケドニア王アレクサンドロス3世は、紀元前331年にガウガメラの戦いでペルシア帝国に勝利した後、アジア王と宣言された[1][2]。このとき宣言されたアジア王にはアジアの主(アジアのぬし、ギリシア語: κύριος της Ἀσίας kýrios tēs Asías)という別名がある[3]。アレクサンドロス3世の死後マケドニア王位を継承したピリッポス3世とアレクサンドロス4世は、名目上のアジア王(アジアの主)であったとされる。この2人の殺害によりアジア王(アジアの主)は事実上いなくなったが、ヘレニズム時代の一部の王に対する呼び名としてこの用語が用いられたことがある。