アテネ・トロリーバス
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| アテネ・トロリーバス | |
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アテネ・トロリーバス(2013年撮影) | |
| 基本情報 | |
| 国 |
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| 所在地 | アテネ、ピレウス |
| 種類 | トロリーバス[1] |
| 路線網 | 20系統(2025年4月時点)[2] |
| 開業 | 1948年[1] |
| 運営者 | 道路交通会社[1][3] |
| 車両基地 | 4箇所[2] |
| 路線諸元 | |
| 電化方式 |
直流600 V (架空電車線方式)[1] |
アテネ・トロリーバスは、ギリシャの首都・アテネ市内に路線網を有するトロリーバス。1948年に開通し、アテネや近郊のピレウスに大規模な路線網を有していたが、2025年以降電気バスへの置き換えが進んでいる。同年時点で道路交通会社(Οδικές Συγκοινωνίες、ΟΣΥ AE.)による運営が行われている[1][3][4]。
アテネ市内にトロリーバスを導入する動きは第二次世界大戦前の1930年代後半には既に存在しており、電気輸送会社(Ηλεκτρική Εταιρεία Μεταφορών、HEM)がイタリア・フィアット製の車両を導入したが、架線の建設が未着工のままであった事から車庫に留置されたまま営業運転に用いられる事はなく、このトロリーバスの計画自体も大戦の影響により中断を余儀なくされた。これらの計画や建設が再開されたのは戦後、ドイツ軍がギリシャから撤退して以降の事となり、1948年7月27日にピレウス駅とネオ・ファイロ(Νέο Φάληρο)を結ぶ最初の路線が開通した[1][2]。
その後、トロリーバスはアテネやピレウスに存在した路面電車に代わる近代的な公共交通機関として路線網を拡大し、順次路面電車を置き換えていった。1970年には運営組織が再編され、トロリーバス網はアテネ・ピレウス電気バス会社(Ηλεκτροκίνητα Λεωφορεία Περιοχής Αθηνών Πειραιώς、Η.Λ.Π.Α.Π. A.E.)の管理下に置かれ、更なる路線網の拡大が続いた。1976年には車掌業務を廃止し信用乗車方式を導入したが、切符を認証するバリデーターの導入は1989年となった[1][2]。
2011年にアテネ・ピレウス電気バス会社はサーマルバス会社(Εταιρεία Θερμικών Λεωφορείων、Ε.ΘΕ.Λ.)と合併し、アテネ都市交通機構傘下の道路交通会社(Οδικές Συγκοινωνίες、ΟΣΥ A.E.)が発足した。同社は架線が無い場所でも走行可能なディーゼルエンジン搭載のトロリーバスの導入を進めた他、路線範囲を拡大させ、一時はヨーロッパでも屈指の大規模な路線網を誇るトロリーバスとなっていた。だが、金融危機の影響もあり近代化が滞った結果、車両や施設の老朽化やそれを修繕するための高額な費用、ネットワークの柔軟性の限界などが問題視される事態となった。その結果、後述のように2025年に道路交通会社はアテネの公共交通機関近代化の一環として、トロリーバスを電気バスで置き換える計画が発表している[1][3][5][2][6][4][4]。
車両
2025年時点で在籍する車両は1999年から2004年の間に導入されたドイツ・ネオプランおよびベルギー・バンホール製のもので、全長18 m級の連節式車両を含めて197台が在籍する。一方で開業当初から1960年代まではフィアットを始めイタリアの企業が生産した車両の導入が続いた他、1977年から1992年までこれらを置き換える目的でソビエト連邦製の車両(ZiU-9)が輸入され2003年まで使用された。また、1967年には唯一のギリシャ国産トロリーバス車両「ファルコネラ(Φαλκονέρα)」が製造され、1993年まで使用された。これらの旧型車両の一部は車庫での保存が実施されている[1][5][2]。