アマドゥ・トゥマニ・トゥーレ
From Wikipedia, the free encyclopedia
| アマドゥ・トゥマニ・トゥーレ Amadou Toumani Touré | |
アマドゥ・トゥマニ・トゥーレ | |
| 任期 | 2002年6月8日 – 2012年3月22日 |
|---|---|
| 任期 | 1991年3月26日 – 1992年6月8日 |
| 出生 | 1948年11月4日 |
| 死去 | 2020年11月10日(72歳没) |
| 政党 | 無所属 |
| 配偶者 | トゥーレ・ロッボ・トラオレ |
アマドゥ・トゥマニ・トゥーレ(Amadou Toumani Touré, 1948年11月4日 - 2020年11月10日)は、西アフリカのマリ共和国の軍人、政治家。2002年6月8日から同国大統領を務めたが、2012年3月21日に発生したクーデターで反乱軍より権限を奪われた。国民からは『アテテ(フルネームの頭文字"ATT"のフランス語読み)』と呼ばれていた。
民主主義の戦士
マリでは1968年にクーデターで実権を握ったムーサ・トラオレによる長期独裁政権に対する不満が高まっており、1991年3月22日には遂に民衆蜂起が発生。それに乗じ、4日後に軍事クーデターが起き、20年以上にわたってマリを支配したトラオレ政権は打倒された。このクーデターにはトゥーレも参加しており、民政移管までの暫定政権の元首(人民救済移行委員会委員長)への就任が認められた。トゥーレは1年後の民政移管を公約し、民主的な新憲法(現行憲法)制定に力を注いだ。翌1992年には大統領選と議会選を実施。大統領選で当選を決めたマリ民主同盟(ADEMA)のアルファ・ウマル・コナレへの権限委譲をスムーズに行った。こうした経緯から、当時のトゥーレは民主主義の戦士[1]と呼ばれた。