アムッド人
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東大調査団による発見
1961年7月、鈴木尚率いる「東京大学西アジア洪積世人類遺跡調査団」によってイスラエルのアムッド洞窟(英語版)で発見されたので、この名称が付けられ、「男性」と記述され、骨格は「アムッド人1号骨格(Amud 1)」と呼ばれている[1][2]。
完全で良好な全身骨格
この骨格は、ほぼ完全で保存状態の良い成人の南西アジアネアンデルタール人(英語版)で、約5万5千年前のものと推定される。推定身長1.78m(5フィート10インチ)は、既知の他のネアンデルタール人よりも著しく高く[3]、その頭蓋骨は化石記録上の人類頭蓋骨の中で圧倒的に最大の頭蓋容量(英語版)(1736[4]-1740[5]cm³)を有する。ラルフ・ホロウェイ(英語版)によれば、この特徴により本標本は最も著名なネアンデルタール人標本の一つとなっている[6][1]。
年代測定
頭蓋骨は地層の非常に高い位置で発見され、後期旧石器時代の遺物だけでなく、さらに上の層の土器も混じっていた。このため、アムッド1号と他の遺骨の最初に推定された2つの年代は2万8千年から2万年前というもので、ネアンデルタール人の生存していた年代の基準からすると極めて新しい時期を示唆するものであったため、学界では受け入れられなかった。その後、電子スピン共鳴年代測定法(英語版)(英: Electron spin resonance dating、ESR)[7]によって約55,000年と再測定された。
骨格の特徴
レバント地方の他のネアンデルタール人標本であるタブーン洞窟(英語版)C1標本やシャニダール洞窟出土標本などと同様に、アムッド1号の頭蓋骨は長く広く、頭蓋高はヨーロッパのネアンデルタール人や現代人と比較して中間的である[8]。
大きな鼻と大きな顔、中程度[9]の突顎、小さな眉弓、小さな歯[10]を持つアムッド1号は、ヨーロッパのネアンデルタール人と比較して特異な特徴のモザイクを示している。他の大多数のネアンデルタール人、特にヨーロッパのネアンデルタール人とは対照的に、その眉弓は細く、やや発達した顎を持つ[11]。アムッド1号は、長い腕と脚を持ち、かなり優美な体格を発達させており、既知の他のどのネアンデルタール人よりもかなり背が高い[12]。
鈴木は当初、これらの特徴をレバント地方のネアンデルタール人(タブン人(英語版)およびシャニダール人の標本)とレバント地方の解剖学的に現代的な人類(シュクルSkhulおよびカフゼQafzehの標本)の中間的なものと解釈した[13]。1995年、ホーバースらは頭蓋骨と下顎骨の特異性から、アムッド1号は完全にネアンデルタール人であると主張したが[14]、これはベルファー=コーエン(Belfer-Cohen、1998)によって否定されている。アムッド1号は初期ホモ・サピエンスおよび現代人(ホモ・サピエンス)と多くの特徴を共有しており、他の全てのネアンデルタール人とは異なり、多変量解析に基づく分類をおこなうと、誤ってホモ・サピエンスに分類されることがある[15][16][17]。
アムッド1号の顔面骨格は不完全かつ断片的であった。その推定形態は復元されており、したがって標本の測定値(特に中顔面に関するもの)は推測に基づくものである。2015年に日本の科学者による仮想再構築が行われ、アムッド1号の顔面骨格は従来推定されていたよりも小さく、生前の頭蓋はより短く短頭型であったことが示された。これは土圧によってその場で変形したためである[18]。
この骨格標本は現在、イスラエルのテルアビブ大学に保管されている。
関連項目
脚注・参考文献
脚注
- 1 2 赤澤威. “ネアンデルタールとの出会い:洪積世人類遺跡調査”. 東京大学創立百二十周年記念東京大学展 学問の過去・現在・未来 第二部 精神のエクスペディシオン. 東京大学. 2025年10月19日閲覧。 “このアムッド人骨、すばらしい資料であったことに加えて、調査団のメンバーによる詳細な研究を経て、完全に記載報告されたために、人類学の世界で最も重要な化石人骨資料の一つとして、現代人はいつ、どこで、どのようにして生まれたのかという、いわゆる現生人類の起源論争に関わる論文では必ず引用される旧石器時代人骨資料となっている。”
- ↑ 鈴木尚『The skull of the Amud man』東京大学出版会、1970年。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000136-I1970023484974433419。
- ↑ Stringer, C.; Gamble, C. (1993). In Search of the Neanderthals. 376. London: Thames and Hudson. 100–101. Bibcode: 1995Natur.376..397D. doi:10.1038/376397a0. ISBN 978-0500050705. https://archive.org/details/insearchofneande00stri/page/100
- ↑ Amano, H.; Kikuchi, T.; Morita, Y.; Kondo, O.; Suzuki, Hiromasa; Ponce de Leon, M. S.; Zollikofer, C.P.E.; Bastir, M. et al. (Aug 2015). “Virtual Reconstruction of the Neanderthal Amud 1 Cranium”. American Journal of Physical Anthropology 158 (2): 185–197. doi:10.1002/ajpa.22777. hdl:10261/123419. PMID 26249757. https://www.zora.uzh.ch/id/eprint/120401/6/AmudPaper.pdf5
- ↑ 鈴木尚、高井冬二『アムッド人とその洞窟遺跡(The Amud Man and His Cave Site)』Tokyo: Academic Press of Japan、1970年。
- ↑ Holloway, R.L.; Broadfield, D.C.; Yuan, M.S. (2004). The human fossil record: brain endocasts: the paleoneurological evidence. Hoboken: Wiley. doi:10.1002/0471663573. ISBN 9780471663577
- ↑ 今井登、下川浩一「ESR年代測定法」『地質学論集』第29巻、日本地質学会、1988年2月25日。
- ↑ Trinkaus, Erik (July 1, 1983). The Shanidar Neanderthals. Academic. pp. 61–62. ISBN 0127005501
- ↑ Trinkaus, Erik (July 1, 1983). The Shanidar Neanderthals. Academic. p. 448. ISBN 0127005501
- ↑ Tattersall, Ian (May 5, 2003). The Human Fossil Record, Craniodental Morphology of Genus Homo (Africa and Asia). Wiley Liss. p. 311. ISBN 0471319287
- ↑ Ayala & Cela-Conde 2017, p. 412
- ↑ Akazawa, Takeru; Aoki, Kenichi; Bar-Yosef, Ofer (8 May 2007) (英語). Neandertals and Modern Humans in Western Asia. Springer Science & Business Media. p. 481. ISBN 978-0-306-47153-7. https://books.google.com/books?id=wrTdBgAAQBAJ&pg=PT481
- ↑ Suzuki, Hisashi; Takai, F. (1970). The Amud man and his cave site. Tokyo: Keigaku Publishing Co.
- ↑ Hovers, E.; Lavi, Y.; Kimbel, W. (1995). “Hominid remains from Amud Cave in the context of the Levantine Middle Paleolithic”. Paléorient 21 (2): 47–61. doi:10.3406/paleo.1995.4617.
- ↑ Elewa, Ashraf M. T. (25 May 2004) (英語). Morphometrics: Applications in Biology and Paleontology. Springer Science & Business Media. p. 253. ISBN 978-3-540-21429-8. https://books.google.com/books?id=pa8Nw-8uMzgC&pg=PA253
- ↑ Arensburg, Baruch; Belfer-Cohen, Anna (January 2002). “Sapiens and Neandertals”. Neandertals and Modern Humans in Western Asia. pp. 311–322. doi:10.1007/0-306-47153-1_19. ISBN 978-0-306-45924-5. https://www.researchgate.net/publication/227227451
- ↑ Ayala, Francisco J.; Cela-Conde, Camilo J. (2017-03-01). Processes in Human Evolution: The journey from early hominins to Neanderthals and modern humans. Oxford University Press. ISBN 9780191060458. https://books.google.com/books?id=iNdKDgAAQBAJ&dq=amud+highly+progressive+neanderthal&pg=PA412
- ↑ Amano, Hideki (7 August 2015). “Virtual reconstruction of the Neanderthal Amud 1 cranium”. American Journal of Physical Anthropology 158 (2): 185–197. doi:10.1002/ajpa.22777. PMID 26249757. https://www.zora.uzh.ch/id/eprint/120401/6/AmudPaper.pdf.
参考文献
- 鈴木尚『化石サルから日本人まで』岩波書店〈岩波新書803〉、1971年。https://dl.ndl.go.jp/pid/12703644。
- 鈴木尚「ネアンデルタール人とクロマニヨン人」『古代文明の謎と発見 1 人類の誕生』毎日新聞社、1977年。https://dl.ndl.go.jp/pid/12184964。
- 赤澤威. “ネアンデルタールとの出会い:洪積世人類遺跡調査”. 東京大学創立百二十周年記念東京大学展 学問の過去・現在・未来 第二部 精神のエクスペディシオン. 東京大学. 2025年10月19日閲覧。