アメリコ・ガジェゴ
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| 名前 | ||||||
| 本名 |
アメリコ・ルベン・ガジェゴ Américo Rubén Gallego | |||||
| 愛称 | El Tolo | |||||
| ラテン文字 | Américo Gallego | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1955年4月25日(69歳) | |||||
| 出身地 | モルテロス | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1974-1980 |
| 262 | (25) | |||
| 1981-1988 |
| 180 | (10) | |||
| 代表歴 | ||||||
| 1975-1982 |
| 73 | (3) | |||
| 監督歴 | ||||||
| 1994 |
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| 2000-2001 |
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| 2002-2003 |
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| 2004 |
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| 2005-2007 |
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| 2007-2008 |
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| 2009-2010 |
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| 2011 |
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| 2012-2013 |
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| 2015 |
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| 2019-2020 |
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
アメリコ・ルベン・ガジェゴ(Américo Rubén Gallego, 1955年4月25日 - )は、アルゼンチン・コルドバ州モルテロス出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー。
現役時代
1974年にニューウェルズ・オールドボーイズでキャリアをスタートさせる。レギュラーとしてプレーするのにそう時間はかからず、1975年にトゥーロンで行われたユースのトーナメントにアルゼンチン代表の一員として優勝を果たした。また、1978年の自国開催のFIFAワールドカップでは全ての試合に先発出場し、アルゼンチン初のW杯優勝に貢献した。その3年後、CAリーベル・プレートへ移籍。
リーベル・プレートでは、中盤でカルテットを組んでいたロケ・アルファロ、エクトル・エンリケ、クラウディオ・モレシらが攻撃に専念できるよう豊富な運動量で奔走し、チームを支えた[1]。また、キャプテンとしてコパ・リベルタドーレス、インターコンチネンタルカップ、コパ・インテラメリカーナなどクラブ史上初のタイトルを獲得した。
1988年に現役を引退。ガジェゴはプリメーラ・ディビシオンで計440試合に出場した。
引退後
引退後は指導者の道を歩んだ。1994年にキャリアを終えたクラブであるリーベル・プレートにヘッドコーチとして戻り、前期リーグで優勝。その翌年、ダニエル・パサレラの下アルゼンチン代表のアシスタントコーチに就任。2000年にリーベル・プレートへ戻ると、後期リーグを勝ち取った。2002年にCAインデペンディエンテ、2004年にはニューウェルズ・オールドボーイズをそれぞれ率いて前期リーグで優勝した。
ニューウェルズ・オールドボーイズ退任後、いくつものクラブからオファーを受け、メキシコのクラブであるCDトルーカの監督に就任。2005年の前期リーグでクラブを優勝に導き、メキシコでのベストコーチと称された。2007年、家族との時間を優先するためトルーカの監督を辞任。その後もUANLティグレス、CAインデペンディエンテ、CSDコロコロなどで指揮を執った。