アラン・エンブリー
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | オレゴン州ザ・ダルズ |
| 生年月日 | 1970年1月23日(56歳) |
| 身長 体重 |
6' 2" =約188 cm 200 lb =約90.7 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1989年 ドラフト5巡目(全体125位)でクリーブランド・インディアンスから指名 |
| 初出場 | 1992年9月15日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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アラン・デュアン・エンブリー(Alan Duane Embree , 1970年1月23日 - )は、アメリカ合衆国オレゴン州ザ・ダルズ出身の元野球選手。
1989年のMLBドラフトでクリーブランド・インディアンスから5巡目(全体125位)で指名され入団し、1992年9月15日にメジャーデビュー。1997年3月25日にマーキス・グリッソムとのトレードでケニー・ロフトンとともにアトランタ・ブレーブスへ移籍。1997年から2008年にかけて12年連続で50試合以上に登板。
1998年6月23日にラス・スプリンガーとのトレードでアリゾナ・ダイヤモンドバックスへ移籍し、シーズン終了後の11月10日にダンテ・パウエルとのトレードでサンフランシスコ・ジャイアンツへ移籍。2000年11月22日に左肩の手術を受けた[1]。2001年は5月下旬に故障者リスト入りとなったが[2]、6月半ばにメジャー復帰。6月29日にシカゴ・ホワイトソックスヘトレード移籍し、シーズン終了後にサンディエゴ・パドレスへFA移籍。
2002年は6月26日にボストン・レッドソックスヘトレード移籍し、同年の両チームでの通算防御率は自己最高の2.18を記録。2004年はリーグチャンピオンシップシリーズで7試合中6試合、ワールドシリーズで4試合中3試合に登板し、チームは86年ぶりにワールドチャンピオンとなった。
2005年は43試合の登板で防御率7.65の成績で、7月19日に戦力外通告を受けたが[3]、7月30日にニューヨーク・ヤンキースがバディ・グルームを解雇させ、エンブリーと契約[4]。ヤンキースでは24試合の登板で防御率7.53、ポストシーズンではロースター入りしたが[5]、登板することなくシーズンを終えた。
エンブリーはフォーシーム主体の投球からツーシーム主体の投球に切り替え[6]、2006年はパドレスで73試合登板で防御率3.27と復活。シーズン終了後にオークランド・アスレチックスと2年総額550万ドル、3年目は300万ドルの球団オプションの契約に合意[7]。
ヒューストン・ストリートが故障者リスト入りした際には、代わりにクローザーを務め[8]、2007年は17セーブを記録。2008年は70試合の登板で防御率4.96でシーズンを終え、アスレチックスはオプションを行使せず、エンブリーはコロラド・ロッキーズへ移籍。2009年7月11日のブレーブス戦でマーティン・プラドの打球が足に直撃し、右脛骨骨折でシーズンを終えた[9]。この登板が最後となり、現在は引退している。