アルスキスゼ
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アルスキスゼ | |
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| 死没 |
1029年 ムツヘタ |
| 職業 | 建築家 |
| 建築物 | スヴェティツホヴェリ大聖堂 |
アルスキスゼ(グルジア語: არსუკისძე、グルジア語ラテン翻字: Arsukisdze、1029年没)は、11世紀のジョージアの建築家であり、ムツヘタにあるスヴェティツホヴェリ大聖堂の建設者として知られる。
アルスキスゼの生涯や出自に関する信頼できる資料は残されていない。後世の伝説を除けば、アルスキスゼに関する確実な情報は、スヴェティツホヴェリに残された碑文のみである。
アルスキスゼは貴族階級の出身ではなく、都市の職人層の出身であったと推測されている。また、建築技術をビザンツ帝国で学んだと考えられている[1]。
業績
スヴェティツホヴェリ大聖堂

アルスキスゼの最大の業績は、ジョージア正教会の主要聖堂の一つで、歴史的な中心大聖堂であるスヴェティツホヴェリ大聖堂の建設である。建設工事は1010年から1029年にかけて行われた[1]。
この大聖堂の建設にあたり、アルスキスゼは5世紀から6世紀にかけて建てられた旧聖堂のバシリカの石材を、建築資材として再利用した。ただし旧聖堂の石材は単なる転用ではなく、新たな構成の一部として再配置された。この点について美術史家のヴァフタング・ベリゼは、当時のジョージア建築の成熟とアルスキスゼの高度な技能を反映したものであるとしている[2]。
大聖堂の西側に位置する門廊も、アルスキスゼによって建設されたと考えられている。建築様式の分析から、門廊と大聖堂が同時期に建設されたと一般に認められている[2]。
アルスキスゼには、師匠を出し抜いたため片手を切り落とされたという伝説がある[1]が、これらを裏付ける歴史的資料は存在しない。
碑文とレリーフ
スヴェティツホヴェリ大聖堂には、アルスキスゼの名前が2か所に刻まれている[3]。
大聖堂の北側の壁には、石工の象徴である指矩を持った右腕と右手が描かれており、次の碑文が刻まれている。
- ჄႤႪႨ ႫႭႬႨႱႠ ႠႰႱႳႩႨႱႻႨႱႠჂ. ႸႤႳႬႣႥႤႧ.
- 神のしもべ、アルスキスゼの手である。赦し給え。
大聖堂の東側には、次の碑文が刻まれている。
- ႠႶႤႸႤႬႠ ႤႱႤ ႼႫႨႣႠႨ ႤႩႪႤႱႨႠႨ ႾႤႪႨႧႠ ႢႪႠႾႠႩႨႱႠ ႫႭႬႨႱႠ ႫႠႧႨႱႠ ႠႰႱႳႩႳႱႱႻႨႱႠႨႧႠ. ႶႫႤႰႧႫႠႬ ႢႠႬႳႱႥႤႬႤ ႱႳႪႱႠ ႫႨႱႱႠ.
- この聖なる御堂は、汝の哀れなしもべ、アルスキスゼの手によって建てられた。主よ、その魂に安息を与え給え。